その瞬間、TKIくんは太鼓を持ったままゴール裏を走りまわっていた。すでに太鼓をひとつぶち壊しているが、気に留めもせず、ピーキーな甲高い裏声で絶叫し、太鼓を乱打していた。
最前列には重鎮、口ハドさんと蒲鉾屋が白眼をむいて、タオルを振り回し、夜空高く掲げ、跳ねながら雄叫びをあげていた。
見知った顔も知らない顔も、旧知の親友のように握手をし、ハイタッチをし、抱き合い、咆哮していた。
ゴールの中には白いユニの選手が二人寝転がっていて、そばにボールが転がっていた。間違いなくインゴールだ。
アディショナルタイムは終わりかけ、このスローインが最後のワンプレイになるはずだった。
田仲智紀27がボールを受けると、ワンタッチでボールを相手から遠ざけ、ペナルティエリアに切り込んできた。無難なプレイを予想していたおれらは度肝を抜かれた。町田ゼルビアの胸ぐらを掴んで、背中ごと壁に押し付け、睨みつけるような、そんな凶暴なドリブルだ。
ラインギリギリまでえぐってきた田仲は、相手が怯えて、堪えきれずマークを剥がした瞬間、ゴール前にボールを浮かせた。
そこから記憶がない。
真っ白な感情が爆発し、ただただ喜びに包まれていた。
雨はもう止んでいて、西が丘サッカー場のピッチが照明に白くぼんやりと照らされていた。電光掲示板には、東京23の下に<1>という文字が輝いていた。
間も無くホイッスルがなり、この日二度目の喜びの大波が押し寄せてきた。西が丘が真っ白な多幸感に包まれた。みんなの笑顔がきらきら輝いていた。選手もスタッフもサポーターも、全員がひとつになって闘い抜いた。
おれらはとうとうあの町田ゼルビアを倒した!
おれらは奇跡を目の当たりにした。
あと二つ。
夢の扉を開けるには三つの鍵が必要だ。
一つ目の鍵は町田が持っていた。
二つ目の鍵は日体大が持っている。
三つ目の、最後の鍵はおそらく横河武蔵野だ。
なあ、みんな。
フットボールの奇跡が見たいんだったら、グランドへ来いよ。テレビでユナイテッドなんか見てる場合じゃないぜ。
movie by Sato