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Archive for 2012年12月

悲劇の起こる前

早朝のシャルマン。駐車場から車のエンジン音が聞こえた。

ベランダから顔を出すとゆーすけとAKGさんが自転車を積み込み、まさに出発するところ。上から声をかける。

「行くの?」
「奥武蔵」
「寒いね」
「紅葉きれいらしいっすよ」
「いいね」
「すぎえさん、行かないの?」
「息子くんの試合だし…」
「じゃあ」

わくわくの二人を乗せたステップワゴンは、早朝の上石神井に白い煙を残して、走り去っていった。

● ● ●

夕方、試合から帰ってきて話を聞こうと思ったが、車も自転車もない。ふたりともいない。またどこかに出かけたののかな?と思ってたら、AKGさんの奥さん、YSMさんが慌てて話しかけてきた。

「うちの旦那、遭難したらしい」
「遭難?」
「そう、さっきゆーすけさんちに連絡が合ったみたい」
「崖から落ちたの?」
「わからない。近くの駅にいるみたい。でも電話かからないのよね。しょうがないから駅の放送で呼び出してもらったけど、連絡つかないの」

なにがなにやら。

7時前になって、やっとステップワゴンが帰ってきた。おれら全員迎えに出るけど、ふたりとも言葉少な。朝6時に出て、夕方7時帰りっていうと、佐渡の210kmより長い。

ふたりとも事情は一切しゃべらずノーコメント。疲れきったようすで「後でメールします」との言葉を残し部屋に帰った。

その後、Facebookで語られた物語がこちら。

勝手にタイトルを付けるなら…

“2012年 奥武蔵パンクの旅”

文:ゆーすけ
写真:ゆーすけ
モデル:AKGさん

昨日の奥武蔵、何から話そうか…。

—–

まずフロアポンプを忘れました。
自分は前日に入れたので問題ありませんでしたが、
赤木さんは前後とも押すとへこむ状態。
まあ仕方ないのでゆっくり走ろうと出発しました。

途中会話の中で、赤木さんがチューブを持ってきていないことが判明。
前回あれほど言ったのに・・・。
「なんで持ってこないんですかっ!!」
と責めると、
「だってパンクなんてしないもん!」
と悪態をつく始末。
これが奥武蔵の神の怒りをかったのでしょうか・・・。

飯能市役所付近→鎌北湖→顔振峠と順調でしたが、
ぶな峠で赤木さんが待てど暮せど来ません。
登ってきた人に聞くとパンクで押して歩いてるとの事。
しかも前後とも!
そら言ったことかw
と思いましたが事は深刻です。
チューブは自分の1本しかありません。
出会うローディーも単独の人ばかりで譲ってもらうわけにもいきません。
ということで赤木さんの歩行は決定。
まあ自分が単独で車まで戻り拾いに来ればいいので、
「適当に休み休み歩いていてください。では行ってきます!」
と走れメロスのように使命を負った感で気合を入れてペダルを漕ぎ出しました。

その瞬間・・・。

続く。

—–

漕ぎ出したその瞬間!
「カダンガタン…。」
俺もパンクしてるぅ~!!
…。
取り敢えずパンク修理します。
赤木さんは待っててもしょうがないので自分の電話番号を伝えて先に行っててもらいました。
気を取り直して作業に入ります。
チューブ交換はお手の物。コツは最初チューブに少し空気を入れておくといいのです?、
とハンドポンプをシャコシャコさせると、
「シュゥゥゥゥー…」
まあ何ということでしょう!
既にパンクしてるではありませんか!
そう、持っていた換えのチューブは既にパンクしていたのです。
自分もトレッキング決定です!
既に赤木さんの姿は見えず、連絡も取れないので(赤木さんのiPhoneがまた今日に限って朝からフリーズしっぱなし)、
赤木さんを追って自分も歩き出しました。
…。

続く。

—–

独り山道を歩く…。何と贅沢な時間なんだ!
などとポジティブに考えてみたりします。
歩いているとロードの人に何人か会いますが止まってくれる人はいません。助けを求めたいところですが、だいたいチューブは持っていても1本。それを譲ってもらうわけにはいきません。まあ、本当にヤバかったらお願いしよう。
と考えていました。
(リスク管理ができていません。SEとして失格です。)

2キロ程歩いたところである人に声をかけられました。
「パンクですか?」
30歳ぐらいの気の優しそうな青年です。この出会いは衝撃的した。そう、私は神に会いました。この青年の姿を使って神が降臨なされたのです。
ワタシハコノ方ガ発セラレタ言葉ヲ一生忘レル事ハナイデショウ。

続く。

—–

ワタシハコノ方ガ発セラレタ言葉ヲ一生忘レル事ハナイデショウ。

神「パンクですか?」
俺「そうなんですよ。替えの方もやっちゃって。」
神「あ、あの…。良かったら使います?」
俺「いやいや、それ貰っちゃったらお兄さんが困るかもしれないし…。国道まで出てタクシー拾いますよ。」
神「でも国道まで結構ありますよ。」
俺「大丈夫、大丈夫…。」
ここまでくるともはや社交辞令です。
この後に人生で聞いた事も発した事もない言葉が私の胸を突き刺します。
神「いや…、でも…。助けさせて下さい。」
俺『タスケサセテクダサイ?』

┣¨━━━━(*゚Д゚*)━━━━ン

東ニパンクデ困ッテイルモノイレバ、ソコヘ行キチューブヲ分ケ与へ…。
換えのチューブは自分のためだけにあらず!
今まで自分は何て身勝手だったのだろう。
若干宗教チックだが、でもわたひの胸に爽やかな風が通り過ぎたのは事実でふ。
チューブをありがたく頂き、後でお礼するとかよりもその場で感謝の気持ちを全力で表現しました。

こうして私は1人の青年によって難をのがれたのでした。

続く。

—–

この後の話は何かが起きたわけではないので、流して下さいまし。

パンク修理をして走り出したわけですが、頂いたチューブは補修だらけの物でしたし、携帯ポンプでは十分な空気圧は入れられません。もうパンクは出来ませんので下り好きな私にはストレスでしたがかなり抑え気味で下ります。
走り出して10分経たないぐらいで赤木さんを発見。もちろん歩いてます。私の携帯番号を記憶させw、国道出たあたりで待っててもらうという約束をしました。
赤木さん曰く、「ここから車まで20キロ無いんとちゃう?」
となるとゆっくり走って1時間チョイでしょうか。では行ってきますとここで赤木さんとはサヨナラし、ゆっくり急いで車まで走り出しました。ただここからが辛かった…。

国道までは問題はなかったのですが、出てからは環八走った時より怖い思いをしました。
道幅は狭い上に交通量はいと多し。ダンプの幅寄もハンパじゃありません。なもんですから、ゆっくりなんか走れません。
またパンクしちゃうよ?(>_<)
と心の中で泣き叫びつつ、国道でのAVは時速32km。タイヤの空気圧は低めの刈場坂登り後で脚はピクピク。しかも信号ないんです。
クルマに着いたときには佐渡の210km完走後に次ぐ疲れでした。
結局距離は30キロ強、1時間かかりました。
(/TДT)/あうぅ・・・・

あとちょっと続く…。

—–

最後まで書けっ!と苦情が入ったので頑張りますw

さて、なんとか車にたどり着き、赤木さんを拾いに向かいました。そこそこ道も混んでいましたが、それでも正丸トンネルの手前まで40分ぐらいかかったのかな?
結構長いドライブでした。

トンネル手前で辺りを見回すと、ここらへんは店らしきものは何もありません。本人もいません。着信も留守電もありませんでした。
まだ降りて来てないのかな?
でも待っていてもしょうがないので狭い山道を車で登って行くことにしました。
私のステップワゴンちゃんがうなり声をあげます。
そろそろいるかな?と崖に落ちてしがみついていないかも確認しながら登りましたw
しかし行けども行けども赤木さんはいません。そしてついに刈場坂峠のてっぺんまで来てしまいました。
仕方が無いので来た道を戻ります。ナゼいないのか?最初はイラっとしてましたが、本当に崖から落ちたのではと考えるとちょっと心配になってきました。
結局国道に出ても見つからず。
ここで嫁に電話。
そう、もしかしたら赤木さんの嫁ちゃんに連絡がいっている可能性があるとおもいました。
すると案の定連絡があったらしく、正丸駅にいるとのこと!ホッとして駅まで行くと憔悴しきった赤木さんの姿がw
そりゃそうだ。ロードを押しながらビンディングシューズで10キロの山路を歩いたんだから。そのせいでMAVICゼリウムちゃんの踵はボロボロに…。
ここで一つ、赤木さんは正丸駅にいる事を私の携帯の留守電に入れたらしいのですが、途中で教えた番号を聞くと合っているのです。
でも留守電は入っていません。
もう一度聞くと、
赤木さん「090でしょ?」
俺「080やーーーん!!!」

取り敢えず無事で良かった良かった。

帰りの車では赤木さんがずっと、
「今日はイケてなかったなぁ?。」
を連呼していましたw

とまあ、奥武蔵への紅葉ポタリングは長い一日となったのでした。

余談ですが、うちのマンション内では遭難したと大騒ぎになっており、赤木さんは嫁ちゃんにこっぴどく怒られたのでしたw

おちまい。

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20121211-午前082332.jpg

担任の先生からプリントが配られた。4年生でチームを作り練馬区の駅伝大会に参加したいとのこと。校長先生にも快諾をいただき、あとは参加者を募集するのみ。来たれ、子供たち!みたいな。

「おまえ、どうすんの?」
「やるよ。もちろん」

息子くん、やる気まんまん。

奥さんも僕も大賛成。学校の友達とチームを組んで走れるなんて最高じゃないか!

クラブチームでサッカーも頑張ってるけど、スポーツはいろんな場所で、いろんな人と、いろんな競技をして欲しいと、いつもいつも思っていた。でもなかなか時間もチャンスもない。

四年生になって、担任の先生が男になった。こわもてな雰囲気とぶっきらぼうさに、こどもたちも不安気。それまで細やかな女の先生に慣れていた親たちも面食らった。

新しい担任は他校から来たベテラン先生。今まで名前に君付けされていたのが、いきなり名字呼び捨てだ。

しかし、一年じっくり様子を見ると、子供たちに成長のきっかけとチャンスを作るのは素晴らしくうまい。こどもたちの自発性を刺激しようと、あの手この手のネタを作ってくる。

今回も練馬区の広報を見て思いついたそうだ。

大会は2月。
練習期間は2ヶ月間だ。

今日はその初めての練習日。

霜の降りる早朝に、担任の先生とアシスタントの先生がストップウォッチを持って、こどもたちの走る様子を見ていた。

グランドを懸命に走る子供たち。校長先生も校舎の玄関から遠巻きに見ていた。

何か素晴らしいことがはじまる予感がする!

この冬しっかりと切磋琢磨し、当日、選手の一人として走れるようにがんばってほしい。

このチャンスは逃すなよ!
息子くん!

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