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Archive for 2008年10月

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保育園の友だちといもほりをしてきました。
秋の味覚、ほくほくで甘い焼き芋のできあがり!

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今回も先に親バカでごめんなさいと謝っておきます。

J-WAVEに蒼が出演したときの音源をアップしました。

放送日の朝5:30に早起きし、FMラジオとMDを準備。録音ミスがないように万全の態勢をとりました。ここ数年、こんなに緊張したことはなかったです(笑)

番組のオープニングがかかったところで、奥さまが起床。この人が土曜日にこんなに早く起きるのははじめてではないでしょうか。二人してラジオの前に座り、音に集中。それにしても、この番組、選曲がいいですね。僕はやっぱりラジオ好きです。はい。

突然、ジングルが入り、ジュニアDJのコーナーがはじまりました。親二人にんまりしながら、スピーカーから流れるわが子の声にうるうる。ほんの数分ではありましたが、幸せな時間を過ごさせていただきました。

後半は原稿を読むのに必死で、壊れたロボットみたいになってしまいましたが、まあそれもご愛嬌ということで。音源はMDにステレオで録音したのですが、PCに取り込むさいモノラルに変換してあります。

(音源再編集中)

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まずは親バカでごめんなさいと先に謝っておきます。

先週の土曜日、早朝のラジオ番組に蒼が出演しました。こちらの番組です。

81.3 FM J-WAVE
毎週土曜日 AM6:00-AM8:00
kiss and hug
ナビゲータ:SHELLY
kiss and hug -番組公式ページ

このなかに「ジュニアDJ」というコーナーがありまして、こどもが曲紹介をするのですが、これに蒼が出演しました。

奥さんから番組出演が決まったと聞いて、僕も録音スタジオとか好きなので、収録の時には保護者としてついていってやろうと思っておりましたが、収録が9/27(土)。その日は伊豆半島を自転車で走っている予定…(涙) せめてもと、紹介曲のセレクションに命をかけました(笑)

蒼の好きな曲でj-WAVEにぴったりな曲。候補は3曲。

銀河鉄道999 / ゴダイゴ
世界で一つだけの花 / 槇原敬之
Upside Down / ジャック・ジョンソン

最後は蒼にまかせて紹介曲に決まりました。

収録当日は、奥さんと蒼の二人が、六本木ヒルズのスタジオに行き、無事録音をしてきました。

さっそく、翌週の土曜日に放送とのこと。朝5:30からラジオの前で待機して、MDで録音。近日中に音源をアップしますので、ぜひ聞いてやってください。

J-WAVEの番組公式サイトにも、今週いっぱいは紹介されてます。ぜひぜひご覧ください。

ジュニアDJ

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いつか伊豆半島を走りたいと思っていた。空と海を見ながら海岸線を自転車で走りたかった。

なぜ伊豆か? 輪行のしやすさ、行きやすさもある。自然の豊かさにもひかれる。連続するアップダウンに挑戦したいという気持ちもある。でも本当の理由は、子供時代の記憶が伊豆へと繋がるからだ。

僕の父は東京の下町で生まれた。戦争の末期、家族で下田に疎開に来たそうだ。軍港である下田への疎開は、あまり適切でなかったと思うのだが、なぜか祖父は下田を選んだらしい。記憶のはじまる3~4才を父は下田の町で過ごした。いまでも生まれ故郷を問われると、東京よりも下田を連想するようだ。

終戦とともに疎開が終わり、また東京の生活が始まるが、中学、高校になると、毎年夏休みを下田で過ごすことになる。素潜りを覚え、浜で一日を過ごし、淡い素敵な恋愛もしたらしい。下田の海岸が彼の青春の舞台そのものだった。

母と結婚し、僕と弟が生まれてからは、毎年夏になると海に連れて行ってくれた。ほとんどが三浦半島だったが、ときどき下田まで足をのばしてくれた。こども心にも下田の海は、三浦半島より圧倒的にきれいに思えた。父は僕らに素潜りを教えてくれた。僕はそれほどマリンスポーツにははまらなかったが、海中の生き物のおもしろさには圧倒された。

そもそも父の家系をたどると西伊豆の子浦が出身で、最近まで先祖のお墓は子浦のお寺にあった。父の父はきちぞうといい、この方はものづくりの天才であった。そこから先のご先祖様は、記憶の霧の中でぼんやりと影が見える程度である。名前すらよくわからない。

父は風呂に入ると決まって歌う歌がある。浴槽につかりながら機嫌よく歌っていた。
「我は海の子 白波の 騒ぐ磯辺の 松原に…♪」
子供時代によく聴かされたこの唱歌は、僕に下田の海を思い出させた。浴槽におもちゃの船を浮かべて、下田の海に見たてながら遊んだことをよく憶えている。

自転車で遠乗りしたいと父が言ったとき、何の気なしに伊東から下田、東伊豆ロングライドはどうか?と言ってみた。5月に佐渡の海岸線を走ってから、風景の多彩さにまた走りたいと思っていたから。ルートが知りたいというので断面図付きの地図をプリントして渡した。

翌日には行くことを決心していた。それも並大抵ではない、相当な入れ込みようだった。自転車の整備から、当日の服装、持ち物など、暇な時間があるとメモに整理している。65歳の父にとって、あれほどのアップダウンはひとつの挑戦なのだろう。

日帰りでは負担が大きいので、下田近辺の民宿を探した。最初の候補となった民宿には満室と断られたが、2件目で予約がとれた。田牛(とうじ)にある小さな民宿だ。

当初の予定であった、9/20-21は台風13号が伊豆半島を通過したため延期。翌週の9/27-28の早朝、東京発の新幹線こだまで下田への輪行がはじまった。

伊東駅で自転車を組み立てスタート。海岸線に出ると伊東港に漁船が泊っていた。135号線を海を見ながら走る。途中135号から別れる海沿いの道へと進み川奈方面へ走る。川奈海水浴場を過ぎると蛇行する勾配のきつい坂があった。父は少しひるんで僕を先に行かせた。フロントをインナーに変え、じっくりとダンシングで登っていく。心拍は181まで上がるが、最初に上げてしまえば後が楽になるのでがんがん行く。父には無理だろうと振り向くと、なんと、フラットペダルでうつむきながらもしっかりと登ってくるではないか!呼吸を荒げながらも、ムチを打つようにしっかりと自転車は進んでいた。がんばれ、ロシナンテ!

伊豆高原までは登ったり下ったりが続く。ふだん坂をのぼらない父がいつまで持つかと心配だったが、結構タフにペダルを回している。やっとの思いで上りきると風景が広がり、入り江から海が見える。自転車を止め水を飲む。そして下り坂。また上り坂。この繰り返しが続く。断面図では坂は伊豆高原までのような印象だったが、実際はそれからも繰り返された。インターネットの地図は非常に正確なのだが、実際に体感するものといつもギャップがある。

65歳と41歳の2両列車。父は登りになると頭を下げハンドルを見るようなフォームになる。顔を上げたほうが楽になると何度言っても聞かない。僕は後ろを走りながら、父のふくらはぎを見ていた。年齢にしては筋肉がしっかりと発達している。老いてからはじめた自転車ではあったが、父なりにしっかりと力をつけているようだ。

いくつもの坂を上り、風とともに下り、尾ヶ崎の展望台に着いた。昨日まで雨が降っていた伊豆も今日は晴れている。伊豆七島が島の輪郭がわかるほどはっきりと見えた。旅行中の女の子たちと写真を撮りあう。父とツーショット。妙な感じだ(笑)

白浜海岸を越え、目的地の下田へと近づいていった。最後の長い坂道を下ると、波止場へとつづく2車線道路になった。下田港に到着だ!父の晴れやかな顔。苦行から開放される喜び、なつかしの故郷へロードバイクでたどり着いた嬉しさ。下田の駅前でお約束の写真を撮った。

しかし、下田から民宿のある田牛まで道のりが残っていた。僕らは何の気なしに、一生懸命スイッチを下田駅でOFFにしてしまったため、残りの道のことをすっかり忘れていた。むしろ今回のルートでもっとも勾配のきつい坂は、この最後の10キロに集中していたのだ!

すっかりのんびりリラックスしてしまった父に、ふたたびハンドルの上でうつむく時間がはじまる。坂を見上げて唾を飲み込む音が聞こえてきそうだ。さすがの父も坂の途中でこらえきれずに自転車を降り、押しはじめた。坂道の頂上にたどり着き、砂浜までの道を下ると今日の本当の到着地、田牛(とうじ)にたどり着いた。無言でうつむきつつも海岸の美しさに目を奪われる父。

民宿に着くと、すぐにオーナーさん夫妻が出てきて歓迎してくれた。部屋に入り簡単に荷物を整理し、すぐ風呂に入る。疲れた体と汗を熱い湯でやわらげると、今度こそ本当の至福の時間が訪れた。僕らは深い満足感とともに、早めの夕食をいただく。おさしみ、さざえのつぼ焼き、金目鯛の煮付け、エビフライ、たこときゅうりの酢の物、かにの味噌汁。冷えた瓶ビールが旨かったなあ。父は乾杯しながらもう次の計画を宣言していた。西伊豆を走り、伊豆半島を一周すると!

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