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Archive for 2015年5月

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「最後の晩は、シャムの家族呼んで食事でもしますか?」

吉澤さんの提案で、シャムの奥さんと子供が来てくれることになった。採集中の会話で、シャムに二人の小さな子供がいるのは知っていた。家族構成がうちと似ているので、ぜひ家族トークをしてみたかった。異文化のムスリムファミリーの日常とおれらの生活がどれくらい違うのか?同じなのか?

ランカウイ滞在中、夜はほとんど入り浸っていたマレーシア風中華料理屋台も今日が最後。名残惜しい気持ちで先に飲み物を飲んでたら、シャム家族がやってきた。二人の兄妹はオシャレをして、スカーフを巻いたママと手をつないでやってきた。

はじめましての握手をして席に座る。兄妹が英語で自己紹介してくれた。たどたどしい日本語で挨拶も。吉澤さんは自分の孫みたいに喜んだ。上機嫌で子供たちの好きそうなメニューを店員さんに頼んでいた。

挨拶が終わると、兄妹ともに緊張気味で無言。場を和らげようと話しかけたが、うまく言葉が伝わらない。おれが片言の英語で話しかけると、ママは英語が話せるみたいで、マレー語にして子供たちに伝えてくれる。でもちょっともどかしい。

さて、どうしようかな。

持っていたボールペンで、なんとなく紙ナプキンにイタズラ描きをしてたら、お兄ちゃんがじっと見てた。

そうだ!

(おれの)息子くんが小さい頃、せがまれてよく描いたウルトラマンを描いてみた。

お兄ちゃんが身を乗り出して叫ぶ。
「アルトゥーメン!」
「知ってるの?」とおれ。
「毎週ミテル」とシャム。

マレーシアでも日本のヒーローは放送されていて、たくさんの人類を救っているようだ。この手があったか!

別のナプキンに、今度はドラえもんを描いた。これも大当たり。

おれがママと二人でドラえもんの主題歌を日本語で歌ったら、子供たちもマレー語で歌ってくれた。

(うちの)息子くんは、遠い異国の食堂にまで来て、大きな声でアニメソングを歌う親を、勘弁してくれよという他人顔で見ていたが、恥じらいよりも大事なものがあるのだよ。息子くんよ。

今度はママがナプキンを折り紙にして鶴を折った。子供たちは目を丸くして大騒ぎ。おれはトンボ飛行機を折ってみると、お兄ちゃんが手に取って飛ばす真似をしてくれた。魔法使いになった気分だった。

我が家にとってムスリムの友達ははじめてなので、生活習慣、仕事、遊び、食べ物など、彼らの生活に興味津々だった。朝起きてから寝るまでの一日、一週間の生活パターン、子供たちの学校など、なんでもかんでも話し、日本と比べて、違うんだねーとか、同じだねーとか、くだらないほど普通の話で盛り上がった。

ママスもすっかり意気投合した頃、うちのママが唐突にランカウイのママにお願いをした。ムスリム風にスカーフを巻いてみたいと。

「やめなよ。やめときなよ、怒られるよ」と息子くんが止めに入る。

彼もスカーフには宗教的な意味があるのをわかっていたのか、相当なしつこさで制止した。

それでもママはあきらめない。息子くんの倍以上のしつこさでお願いをし倒し、あらかじめ買っておいたスカーフを取り出すと、数分後には我が家のマレーシア現地妻が誕生した。

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息子くんはトイレのふりをして席を外してしまった。逃げやがりました。

蝶づくしの旅の最後の最後に、国際交流的なことがてきて、素晴らしい経験になりました。息子くんも少しは見聞が広まったか。それとも両親の馬鹿さ加減に呆れ果てたか。

あっという間に時間は過ぎ、みんな並んで記念写真。ランカウイの最後の夜が終わった。

楽しかったな。

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翌朝。

空港行きのバスに荷物を載せて、ホテルの入口でガイドのシャムさんとお別れする。

「Terimakasih(テリマカシィ)」

おれが言うと、シャムさんは笑いながら手を出した。

「Sama-sama(サマサマ)」

固い握手を交わした。

おれが唯一覚えたマレー語。旅の途中で何度も、何度も使った。使う度に笑顔が出現する魔法の呪文だ。

息子くんが来る。

「パパ、なんて言ったの?」
「ありがとうって」
「シャムさん、何だって?」
「どういたしましてって」
「ふーん」

息子くんはそのままシャムのところに行く。ちゃっかりお土産を貰ってきた。サッカーマレーシア代表チームのトレーニングシャツだ。

シャムは昨日の食事会で、高校まで地元のサッカーの選手だったことを話していた。センターフォワードだったとか。マレーシアはまだワールドカップに出場したことないけど、地元の人にとっては大事な誇りだと言っていた。

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「では、行きますか?」

吉澤さんが腕時計を見ながら、おれらをバスに促した。鞄から航空券を取り出し、渡してくれた。バスに乗り込み窓から手を振る。

エンジンが唸る。シャムが小さくなる。バスはホテルのエントランスを離れ、空港への幹線道路に合流し、加速する。

冷房の効いた車内から、通り過ぎていく道路脇の林を窓越しに眺める。

軽い疲労と帰国の安堵。日常に戻る虚無と、オビクジャクアゲハを採り逃がした落胆。未知を体験した高揚。気づきの多かった旅。

うちの息子くんはほんとに虫に救われたな。

虫との出会いが、知識との出会いになり、人との出会いにつながった。頑なだった我が家の視座に、やわらかなバランスを取り戻してくれた。

ランカウイは息子くんにとっては幼年期の卒業式だったと思う。

ここで見つけたこと、気づいたことが、彼の大人への大きな布石になることを祈る。

もっともっと息子くんの好奇心が正しい方向に伸びて、彼の自然な素の生き方を抱擁してくれる人や環境に出会えますように。

それにしても。
あのオビクジャクアゲハ。

いつかあいつをこの手で捕り、この旅の記憶を標本にして、部屋に飾りたい。思い出の栞にしたい。

バスの中で吉澤さんにそう話すと、嬉しそうな顔をして笑った。

「そうですか、悔しかったですか?そっか、そっか」

窓から遠くに黒い蝶の影が飛んでるのが見えた。一瞬ドキっとする。あれ?もしかしたら、おれは蝶が好きになってしまったのか?

また来よう。

シャムにマレー語で“さよなら”を教わるのはその時でいいや。

(おわり)

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最終日。

さらに珍品狙いということで、秘密のポイントに連れて来てもらう。息子くんの鼻息も荒く、期待度MAXだった。

朝は涼しく爽やかだったが、昼過ぎになると日差しがきつくなった。日向にいるのが辛くなるほど。木陰に逃げて水を飲む。

頭上の枝葉の向こう側に、真っ青な空が顔をのぞかせてる。白く光る旅客機が飛んでいるのが見えた。

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人工的に作り上げた最先端技術の到達点。ライト兄弟からはじまる最新ボーイングまでの変貌は、生物の進化のようだ。金属的なジェット音。両翼端から鋭利な白い糸を引いて飛んでった。明日はあの中に居て、座席に座って帰国か…。

長かったような、短かったような。マレーシア、いいとこだったな。ムスリムの人たちとも友達になれたし、みんな穏やかでいい人だった。

吉澤さんのお陰でいい旅になった。パッケージや個人旅行だったら、こんな深みまで来れなかったな。

でもとりあえず、蝶は一旦お休み。息子くんに任せて、おれはどこかに座ってのんびり余韻を楽しもう。

休憩ポイントになる日陰を探しながら、密林に沿って歩いていると、妙な気配を感じた。不自然な違和感。それも強烈な。

なんだ?どこから?

密林の縁の少し開けたところ、葉が生い茂っていて、ちょうど日蔭と日向の、境界線の暗がりの方、目の高さあたりに、Uの字に光るものがあった。信号機の緑色LEDが配列されたみたいに。規則的な図形だった。

木の幹や、繁茂した葉や枝みたいな自然な形とはあきらかに違う、人工的な幾何学的な、記号的なエメラルドグリーンに光る文字に見えた。

立ち止まって凝視したけどよく見えない。まったく動かない。日陰のなかで唯一光り、浮かび上がる文字らしきもの。前人未到の惑星で、あるはずのない知性の証拠、文字の欠片を発見したみたいな高揚感。

近くに工事中の建物があったので、そこに電気を供給する設備の表示かなとも思った。配電盤に貼られたシールに光が反射してるのだろうか。

でもそれも変だな。配線されたコードも、工作機械も見つからない。現場はここに来る途中の、1kmは離れてるところだ。

数十秒間、考えられるあらゆる可能性を検証したけど、妥当な答えが浮かばなかった。

残るは、羽の模様?

目を凝らしてみる。まだUの字がエメラルドグリーンに光っている。

???
絶対蝶だ!!!

網振れるか?

気づかれないように近づくが、おれのでは短かすぎて届かない。どうしよう?

息子くんを呼びに行く。おれよりは頼りになるはず。走って後ろ姿を見つけ、小さな声で怒鳴る。

「(はやく!来い!こっちこっち!)」

おれの焦り気味の手招きを見て、息子くんも緊急事態であることを理解した。それもいい方の。

「(どこ?!)」

おれが指差して、網の柄で仮想のレーザーポインターを作り、息子くんの視線を誘導する。Uの字は静止したまま輝き続けている。

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「オビクジャクだっ!」
「なに?」
「パパっ、吉澤さんから長い網借りてきて!」
「無理だよ!どこにいるかわかんないよ!」
「まじかっ!逃げちゃう」

息子くんは、このチャンスを逃すものかと網を縮めて、がさがさと密林に侵入していった。棘の生えた蔓が袖に絡まり、服を引っ張る。帽子が絡め取られ、枝にぶら下がり置き去りにされた。

Uの字と息子くんの距離は縮まり、網の射程距離に入った。両サイドは枝が茂っていて水平に振るのは難しいだろう。瞬間、彼の頭の中にいくつもの網振り軌道がシミュレーションされては没になったのがわかった。上からしかないだろうな…。

息子くんは、決断するとあっという間に上から網をかぶせた。ネットの中で黒い羽が羽ばたくのが見えた。やっぱり蝶だったんだ!やった!

柄を回して網を反転させる。
急げ!
早く!
ネットが回らないっ!

付け根のネジが緩み空回りしてしまった。息子くんは左利きなので、反転が逆になり、ネジが緩みやすいのだ。

その瞬間、網と葉の間に隙間ができて、蝶は逃げていった。

あああ!
Uの字が青い空に逃げていく。

なんという喪失感。あともう少しだったのに。

エメラルドグリーンの奇跡が!

あれは欲しかった。
あれだけは、ほんとに欲しかった。

展翅して標本にしたかった。
このランカウイの旅を象徴する蝶になったのに。

ああ、悔しい。
悔しい。

息子くんも密林からうなだれて出てきた。

最後の最後の大きなチャンスはランカウイの密林に消えていった。

時間切れ。

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(追記)
ブログ中のオビクジャクアゲハの写真は、ランカウイでお会いした昆虫写真家・工藤忠さんのご子息、工藤誠也さんの作品を使わせていただきました。僕の記憶の残像そのものの素晴らしい写真です。ありがとうございました。

昆虫写真家・工藤様のブログ
青森の蝶たちへ
http://ze-ph.sakura.ne.jp

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午前午後の採集を終えて、ホテルに戻りシャワーを浴び一休み。冷んやりした冷房の風に当たってると、猛烈に眠くなり仮眠。

夜は早めにホテル前に集合し、近くの屋台風中華料理店へ行く。ここで氷を入れた薄いビールを飲みながら、食事と戦果の発表と明日の行動予定を話し合う。あとは延々虫話し。

気づけば隣のテーブルに、現場で顔を合わせた日本人の採集家が座り、向こうのテーブルに座ってた別の採集家も席を移動してきて、戦果報告と情報交換。専門家同士の話しは、おれやママには宇宙語なので、遠巻きに眺めつつ、ナシゴレンをはふはふと喰らう。うまー。息子くんは専門家の席に移動して、生意気にあーだこーだと喋りまくる。

それにしても、現地でいろんな人に会ったな。長期滞在してるご夫婦。蝶ハンターを自称する会社役員。昆虫専門の写真家。もの静かな色白の秀才大学生は、白いズボンの裾を血だらけにして、網を持って歩き回っていた。怪我をしたのかと聞いたら、ヒルに足首を喰われたとのこと。

蝶採りの人達を〈蝶屋〉というらしいのだが、この人達は途轍もなく変わっていておもしろい。みんな欲にまみれて実に大人げないのだ。

おしなべて人当たりは柔らかいのだが、眼球の底はぎらぎらしていて、笑顔はまったく笑っていない。みんな本音を言えば、自分は捕りたいけど、人には採られたくないのだ。だから誰も本当のことを言わない。

現場でよく聞いた会話の例。

「採れますか?」
「うーん?今日はダメだね。いるけど降りてこないね。そちらは?」
「ダメですね。暑すぎるのかな?風が強いからかな?」

真に受けてはいけない。これはブラフの掛け合いだ。挨拶の定型文みたいなもの。少し話し込むと「そう言えば、こんなのは採れたけどね…」と凄い珍品を出してくる。見せつけられた方も悔し紛れに「こんなの見たことあります?異常型かな?」と、ど珍品を三角紙の中でそっと開き、周りの人がどよめく…みたいな。意地汚い人間模様が楽しい。

しかしさ。
どうしてそこまで蝶が好きなのか?

蝶欲。蝶毒。

禁断のやばい世界に来てしまったな。

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ジャングルの奥深くに何かの気配がする。誰かがおれを見ている。じっと見つめてる。

生い茂る枝葉の隙間から、薄暗い密林を覗き込む。気配の正体を知りたい。注意深く中を伺う。

突如、頭上で金切り声がし、激しく枝が揺すられる。おそらくサルだ。
闖入者が彼らの境界線を越えないよう威嚇しているのか。

シャムが足元の茂みを指差して気をつけろと言う。猛毒のグリーンスネークがいるらしい。

見たこともない大きな蜂が、戦闘的な羽音を唸らせて、弾丸のように耳元をかすめる。

どうやらおれは歓迎されてるわけではないようだ。

密林の影に生きものの気配がする。無防備に近寄って来る。身構える。がさがさ出てきたのは、息子くんだった。

「なんだ、おまえかよ」とほっとする。
「イナズマ、速すぎて獲れないよ。あいつらすぐ気づく」

息子くんは難敵イナズマを採ろうと必死だ。羽根の一部が青く輝く珍蝶だ。吉澤さんとの会話ではユータリアと言っていた。恐ろしく素早しっこい蝶で、人の気配に感づくとすぐ飛び立つ。

「吉澤さん、ベニボシ採ったってよ」

ペットボトルから水を一口飲んで、息子くんはまた密林に消えていった。

ユータリアと聞くと、ユースケサンタマリアを思い浮かべる素人のおれには、ベニボシだろうが、イナズマだろうが、どちらでもいい。それより日陰に入りたい。冷たいビールが飲みたいよ。

結局、旅の最終日まで、カバンから出しもしなかった観光ガイド。バカンスに相応しい観光地にはほとんど行かなかった。最初から最後までジャングルで終わったな。あっ、半日だけ息子くんを説得して、ロープウェイに乗ったな。それだけだ。

気づけばシャムも姿を消していた。

またひとり。
静けさが戻ってきた。

さわさわと枝を揺らす風が吹き、なんの虫かわからない羽音があちこちを飛び回る。

ひらひらキラキラとまばたくように飛ぶ蝶。
紙飛行機のように滑空する蝶。
ゆったりと羽ばたく大きな蝶。
親指の爪ほどの小さな蝶。
白い糸を引くように飛ぶ長い尾のある蝶。

日本では見ることも採ることもできない不思議な蝶が飛び回る。ここは蝶の天国。

ランカウイに来てから、吉澤さんに網の振り方を一から教えてもらった。三角紙の使い方、三角缶の整理の仕方、蝶の待ち方、捕り方なども丁寧に説明してくれた。素人も素人、ど素人のおれに、よくお付き合いしてくれたものだ。

初日はおもしろいように採れた。

蝶が葉の上にとまる。気配を消して近づく。翅を開いて動きを止めるのを見て心拍が上昇する。蝶と自分との距離をイメージし、仮想空間で何度も網を振ってみる。網の軌跡をシミュレートする。

〈せーのっ!〉と勢いをつけて、一気に網を振る。空気で膨らんだ網で、飛び立とうとする蝶を包み込む。壊れやすい紙細工をくるむように。すぐ竿を返し、網を反転させて蓋をし、蝶の逃げ道を塞ぐ。網の透けた生地を通して、色鮮やかな翅がパタコソと動くのを見つけると、人生に勝利した気分になる。

初日の夜、ホテルの部屋で獲物の整理をした。家族三人で70匹もの蝶を採っていた。多種多様な色と大きさが並ぶ。おもちゃ箱をひっくり返したような賑やかさ。虫捕りって簡単じゃんっとおれは思ったよ。ところが後から見るとこれはまさにビギナーズラックだった。

翌日からはより難易度の高い蝶とポイントになった。吉澤さんと息子くんが作戦を練って、珍品狙いにターゲットを絞ったのだ。

素早い蝶が目の前を飛ぶ。網を振る間もなく通り過ぎていく。動きが読めない。構えていても急に方向を変えるし、周囲は枝だらけで、網が引っかかって破けそうだ。

やっとのこと、枝の先にとまる蝶を見つける。網を構えて抜き足差し足で近づくが、小枝をパチッと踏んだだけで飛んで行ってしまう。

葉の上で翅を広げる蝶に狙いを定め、今度こそと網を振るが、なぜかいつも網が蝶の手前を空振りする。緊張からか腕が縮んでしまうのだ。

林の奥へと消えていく蝶を呆然と見つめながら、二日目にしてすっかり自信をなくしてしまった。

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ビギナーズラックというのはあるもので、ランカウイに来て初日は簡単に捕れたのに、日を追うごとに捕れなくなった。蝶がいないだけでなく、いても網に入らない。逃してばかりだ。まあ、下手だからなんだけど。

今日は小舟に乗って離島に行くことになった。珍品が捕れるらしい。クアタウンの小さな港から、ボートに乗って島へ行く。波頭を跳ねるように疾航する船は、ものの10分でおれらを無人島に運んでいった。

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風が強い。

港へ帰る船を見送りながら、島の探検をはじめる。

無人島と聞くとなぜか心が躍るな。息子くんの幼少期、何冊も冒険物語を図書館から借りてきた。「十五少年漂流記」とか、「海底二万海里」とか。男の子にとって冒険物は必修科目でしょ。

でもいま、生まれてはじめて、無人島を冒険する息子くんを見ると、どちらかというとセンダックの「かいじゅうたちのいるところ」みたいだ。息子くんが暴れんぼ小僧で、吉澤さんが子分の怪獣。

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海岸線に沿って歩きながら、巨大な蜂の巣を見たり、キンカメの群れる木を見つけたりと、見所は豊富だが、蝶がまったくいない。

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半日いてほとんど捕れず、息子くんは飽きて誰かが作ったブランコで遊び始める。もともとこの島は石切り場だったらしく、廃墟になった倉庫や事務所が点在するのだ。

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シャムが戻ってきた。戦果を聞くと首を横に振るばかり。獲物といえば、空気の抜けたサッカーボールひとつ。めざとく見つけた息子くんが寄ってきて、二人で蹴り合いを始めた。思いの外、シャムが上手い。二人の器用なリフティングを見て時間をつぶす。

吉澤さんも帰ってきた。「取れました?」と聞くと、「おれを誰だと思ってるの?」と笑いながら、切手用のピンセットに挟んで見せてくれた。珍品だそうだ。「あの条件でよく捕れましたね」と関心すると、「まーねー」と言葉を濁してシャムのところに行った。そうでした、この人は無人島の怪獣でなく、名だたる蝶捕り名人でした。脱帽です。

お迎えの船に乗って離島。短い海の旅。波頭を跳ねながら、ランカウイ島を見る。

船の先頭からクアタウンの港を見てはじめて気づいた。

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巨大な白い鷲だ。

「船からじゃないと見えないんだよね!!!」エンジンの咆哮に負けないように、吉澤さんが大声で説明してくれた。

海に羽ばたくランカウイの象徴。
塗料で色彩されてるところがマレーシアっぽいな。

いいものが見れた。

「午後はどうしますか?」と港に着いて吉澤さんが聞いてきた。
「またキララのとこにに行きたい」と息子くんが言った。

島巡りには行かず、のんびりオフを楽しんでたママも合流して、キララポイントに行く。

今日はポイントにたくさんの人がいた。みんな蝶の収集家で、日本から来た人ばかりだ。遠くから吉澤さんを見つけると挨拶にやってくる。

息子くんが日本から来た二人組の大学生と友達になった。年配の方が多い虫の世界に若い人は珍しい。

吉澤さんに耳打ちする。
「吉澤さん、珍品ですね」
「ど珍品です」と吉澤さんは笑う。
「御宅の息子くんも、絶滅危惧種ですよ。大事に育ててくださいよ」

吉澤さんはそう言って、大学生に話しかけに行った。

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夕方まで蝶を追いかけるが、今日はあまり捕れなかった。虫たちもオフ日ということでホテルに戻る。

今夜は隣の公園でバザールがある。屋台がたくさん出るので、散歩しながらフードを買って、吉澤さんの部屋に集まろうと決まる。

見たこともない食材と匂い。見た目と味が全然違うんだろうな。散々悩んでお気に入りのフードを買う。息子くんにも現地通貨を持たせて、一人で買わせる。店員と話し、品物とお釣りをもらう。これもいい経験。

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荷物をぶら下げて吉澤さんの部屋を訪ねると、テーブルの上に日本食、おせちが並んでた。

「今日、大晦日だって知ってた?」

ランカウイの南国の雰囲気に浸りきっていたので、暦が頭からすっかり抜けていた。そうか年越しか。

「簡単だけどお正月っぽくやりましょう。水っぽいのは飛行機に持ち込めないのでこの程度で」

栗きんとんとか、佃煮とか、蒲鉾など。酢の物に箸を伸ばす。美味い。たった数日でも日本食が恋しくなるな。

途中シャムが合流して、蝶の話しを肴に盛り上がる。もちろんシャムは敬虔なムスリムだからアルコールは飲まない。息子くんとコーラで乾杯。上機嫌だ。年越しの家族の行事はいいのか?と聞くと、マレーシアは旧正月のため、それほど特別なことはしないとのこと。

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日付が変わる夜12時に、ホテルの窓が突然華やかになった。花火だ。海岸で新年を祝う花火が打ち上げられているのだ。

みんなで窓から新年を祝う。

「息子くんは、この春、中学生か。いつまでおれと蝶で遊んでくれるかな?」と吉澤さんが振り向いて聞いた。

息子くんは何も答えず窓の外を見ていた。親と旅行に来るのも、いつまでだろうか?

「おっ、また光った」と息子くん。

星雲のような光の粒子が、ランカウイの真っ暗な空高く、花開いた。花火の光に照らされた息子くんの横顔は男っぽく、たくましさが芽吹き始めていた。

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シャムはものすごく目がいい。

彼の視力は、健康診断の測定器で測る数値ではなく、密林のなかを移動しながら、獲物をみつける特殊能力だ。

ジャングルの道端に立ち、眼を細めて密林の周囲を探る。恐ろしく長い(素人には少なくともそう見える)網を振りこなし、木々の高枝を叩きながら、上空の様子を観察する。

小枝や落ち葉が風に舞うなか、キラッと小さな飛翔体を見るや否や、爬虫類のような目つきになり、対象をじっと凝視する。

「キララの食草は、ああいう高いところに育つ宿り木なんですよ」と吉澤さんが説明してくれた。
「シャムは、この辺りの蝶なら、飛び方と光り方で同定できるよ。この距離でもね」

同定というのは、蝶の種類を特定することらしい。

おれも息子くんも、たかが2mぐらいの網でさえうまく振れないのに、シャムは木の頂点で飛ぶ10ミリ程度の小さな蝶を見つけ、物干し竿より長い網で、羽を傷めずに捕獲するのだ。

ポイントを探すときも、車を運転しながら身を乗り出して、フロントガラス越しに木の上を覗きこむ。走りながらだ。あれで高所に舞う蝶を見分けることができると言うのだから、どんな目をしてるのか。

今日はキララ狙い。

羽が黒く、金属的な光沢の青紋様が鮮やかな蝶。シジミチョウの仲間だと、息子くんに教えてもらう。

ポイントを行ったり来たり、見極めた上で吉澤さんが言う。

「キララ捕りたいんだったら、ここにいて離れないで。見るとこは、あそことあそこ」

吉澤さんは網の竿で、ちょうど密林の切れた場所、洞窟の入り口のようなところを指し示した。繁茂した木々がゲートを作り、森のなかへと繋がる回廊のようになってる。

「キララは、あそこから出てきます。今日の気温なら…」吉澤さんは腕時計を見ながら言う。
「9時半から10時半まで。1時間が勝負です」
「時間指定ですか?」おれが笑いながら聞く。
「だいたいね。日が射すとあいつら降りてくるんですよ。それであの、見えます?平べったい大きな葉っぱがあるでしょ?ああいう所に止まって、羽を広げたらチャンス。さっと上手く振ればネットインです」

吉澤さんは新しいタバコに火をつけた。

息子くんは荷物をまとめてベストポジションをキープ。おれらは傭兵のように彼の両サイドで周囲を見張る役だ。

吉澤さんは、珍品狙いに行くと言って場所を離れた。

ポイントに残されたおれら一家。密林の前で三人立ち並び、ポイントを睨みつける。まるで浅草寺雷門の風神雷神の像みたいだ。

長時間、繁茂したジャングルを見てると感覚が麻痺してくる。木漏れ日が陽光の潮騒を作り、微風が枝を揺らし、影が揺れる。風の音がさわさわと鳴り、樹上から獣の鳴き声が響く。時が止まってるのか、流れてるのかよくわからなくなる。

ジャングルを覗きこんでいる間にも太陽が高くなり、木の影が少しづつ動く。日当たりのいい広場が増えて、気温が上昇する。こころなしか暑くなってきた。

すると、森の奥の方から、キラッ、キラッと光の粒が降りてくる。針の先のような小さな光。すぐ消える。期待してがっかり。

また少し経つと、キラッと来る。今度は光の粒は二つ。舞うように動き、光ったり消えたり。

息子くんが急に息を潜めて、藪に踏み入った。網を構えて、藪の中を一歩一歩気配を消して歩みを進める。前方の葉っぱを見ると、黒と青の蝶が止まっている。

葉の上にそっと置いた、高価な脆い工芸品のようだ。それも動く、ふとした振動で逃げてしまう宝物。

羽を広げた。

薄緑の網が水平に素早く動き、網が葉っぱを叩くカンっと乾いた音がする。顔を上げた息子くん。眼の玉がキララしてる。

「やったやった。捕れたかもっ!」

道端に戻って網を確かめると、念願のキララが入っていた。時計を見るとAM9:40。すげー、吉澤さんの予想通りだ。

その後、ママもおれも一匹ずつ、息子くんはその後5匹捕り、本日は大収穫となった。

吉澤さんの予言通り、10時を過ぎたらキラッキラッの出現が止まった。タイムセールの終了です。

師匠に報告しなければと、小休止を兼ねて吉澤さんを探す。長竿を振っているので遠くからでもすぐわかるかと思ったが、なかなか見つからない。

歩いていると、道端に行き倒れた人がいた。近づいたら吉澤さんだった。このお方、出る所に出ると先生付けで呼ばれるマエストロ。一部業界では裏人間国宝と恐れられている人なのに、この姿を見ると浮浪者と見分けがつかない。

「吉澤さん!何してるんですか?大丈夫ですか?」とママが心配して声をかける。おれは心筋梗塞か脳血栓かとびびる。

吉澤さんはむくりと起きてこう言った。

「いや、身体焼いてたんです。この時期に焼いておくと、後で楽なんですよ」

想定外の返答に戸惑うおれら。ランカウイの紫外線で、松崎しげる化していたらしい。虫の専門家の考えてることはよくわからないな。

息子くんの獲物をピンセットで摘んで、レア度の説明をしていた元浮浪者の先生が、急に森を凝視し、目つきが鋭くなった。

そして唐突に森に分け入り、網を構える。

周りをキョロキョロと見ながら、何度か網を振る。穏やかな雰囲気に緊張感が走る。

結局、獲物は捕れなかったが、とてつもない激レアを見たらしい。アリノスと言っていた。

ものを見るというのは不思議だ。光と影の形が見えたところで、その向こう側にある、ものそのものへの深い理解がないと、意味を見抜くことができない。

「おれさ、視力を測るあの保健室にあるヤツがさ、記号とかの形じゃなくて、蝶が貼ってあったら、もっと視力をいいんだけどさ」

息子くんが言うと、吉澤さんが答えた。

「いいな、そのアイディア。今度作ってインセクトフェアで売ってみますか?」

吉澤さんの笑い声とともに、タバコの煙がポカリと青空に浮かんだ。

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