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Archive for 2008年8月

自転車に乗るようになるともち物の重量に敏感になる。持ち物リストはこんな感じ。

  • ボトル(水orスポーツドリンク600ml)
  • 携帯ポンプ
  • 予備チューブ
  • iPod nano
  • サングラス
  • 携帯電話
  • お財布

通勤のときはさらに増える

  • 着替え一式
  • 書類
  • 携帯電話の電源アダプタ

これらをすべて自転車用の小さなバックパックに詰め込む。背負うなら自転車専用、もしくは登山用のものがいい。背中の汗を逃がし、隙間を空ける構造のものだと蒸れにくいからだ。僕はドイターを愛用している。

パッと見、小さく見えるが思いのほかたっぷり入る。リストにあげたものはすべて収納できる。さらにサイドのファスナーを開くと容量が増える。C’est une bonne idee!! 佐渡ロングライドの3泊(車中2泊!)のときも、着替えも用具もすべてこいつだけで乗り切った。

しか~し…収納できるからといってがんがん詰めていると大変なことになる。背負ってから後悔する事になる。長距離を走ると、この重さがボディブローのように効いてくるのだ。ロードバイクに乗るとよくわかるが、重量は軽ければ軽いほど、長い距離を快適に安全に走ることができる。持ち物はは厳選しないと。ほんとに必要なものだけを、最少数だけ持つ。不要なもの、あれば便利なんだけどな…なんて中途半端なものは、きっぱり置いていく。

僕なんか、パソコンは捨てられたし、自動車も売り払ったし、本もなくなり、CDも捨てられ、服も処分され…って、これは家庭内における国際紛争の結果なんですけどね。失礼、自転車に関係ない話でした。

さて、軽量化のポイントと優先順位はこうだ!

  1. 自分の体重を減らす
  2. 持ち物の重さを減らす
  3. 自転車や装備品の軽量化

さらに、行ったことのない場所に行く場合、必要になるのが地図。地図は地図で重いんだよね。軽量化と適度な情報量を兼ね備えた地図はないだろうか。今候補にあるのはこの地図。どんなもんですかね。ただいま検討中。

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以前の自分なら、例えば東京マラソンに出場したい人を見ると宇宙人のように思えた。なんで、あんなつらいことを進んでやるのかと。持久系スポーツの愛好家って、みんな少し変じゃないですか。きまじめにトレーニングして体調に気を配り、腕にはめたストップウォッチをちらちらみながら、はあはあ苦しい顔して。

そんな私が、5月18日午前4時、まだ空が明るくなる前、佐渡の佐和田海岸付近で130kmを走るロングライドのスタートを待っている。人生とはなんと矛盾と不条理に満ちたものであろうか…

取引先の自転車好きな方とつい勢いで申し込んでしまった佐渡ロングライド。上級者は佐渡一周210km、中級者は佐渡半周130kmとあった。ロングライドとは順位やタイムは争わず、長い距離を完走するという市民レースのことだ。

初参加なので130kmを選んだが、それでも海岸線を登ったり下ったり、軽量ロードバイクであっても、基礎体力がないと本当につらいことになる。毎日、自転車で通勤してはいるけど、片道17kmがなんのトレーニングになるのだろう。

スタート後30kmは天気もよく、海岸線を走りながら見る日本海の美しさに見とれたりもしたが、名物Z坂にはじまり、大野亀坂を走るあたりで相方はどんどん先に行ってしまい、ひとりさびしく走り続けることになった。おまけに無理がたたり、太ももとふくらはぎの痙攣がはじまり、ペダルをまわせなくなってしまった。

痙攣(…簡単に言うと脚がつったわけだが)の波が引くまで自転車を降り、ゆっくり押しながら、脚の復活を待つ。少しすると脚が楽になるのでまた自転車をまたぐ。すると思い出したようにまた痙攣がはじま…ろうとする。力を抜き、脚の顔色を伺いながら、眠った子を起さないように、しずかに脚に力を加えていく。

坂の途中、報道がカメラをもっていたので、撮られたらヤダナと思ってたら、やっぱり撮られてしまった。(画面中央、ガードレール沿いにうなだれているグレーのジャージが私です…)

以降、この痙攣の波をだましだまし、力を加減しながら残りの100kmを走りきる。上ったり、下ったり、曲がったり、加速したり、ブレーキをかけたりと自転車の操作はするものの、意識がどんどん形を変え、自分が自転車の一部になったような錯覚を感じたりもした。

途中のエイドステーションで食料と水を補給し、また走り始める。ペダルを一定のリズムで回す、その反復がテクノミュージックのようで、疲労に反比例して気持ちいい。ランニングハイのようなものか…?

最後の坂道を登り、長いだらだらとした下り坂を滑り降りて、自動車の走る一般道にでる。見慣れた雰囲気の住宅地を通り過ぎ、大きく右に曲がると、海岸線と砂浜が目の前に広がった。スタートした佐和田海岸だ。ゴールだ!

マイクパフォーマンスをしているDJが、私の名前を大きく叫ぶ。
「杉江さん、おかえりー。130km完走おめでとう!!」

沿道でもたくさんの佐渡の方に応援され、ゴールでは名前を連呼された。
自分の人生でここまで人に応援されたのは、はじめてではないか(苦笑)

さらに驚いたことがある。
走りきった自分のなかに、来年は210kmを走ろうという闘志がメラメラ燃えているのだ。

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石神井台の賃貸マンションに住んでます。間取りは2LDK。もう一部屋あったらなあ…(仮定法過去)という気持ちもありますが、子育てのしやすさ、広い公園、図書館の充実、吉祥寺や大泉学園などへのアクセスのよさ(バス20分、自転車15分)など総合的に判断すると満足しています。

そうそう。わが(大家さんの)マンションには、なんと25mプールがついているのです!夏になると水着をもって入り放題。指導員さんもいるので、泳ぎ方も教えてくれます。もちろん家賃にチャージはなし。

…というのは冗談で、隣接する小学校が毎夏プール開放をしてくれるのです。練馬区が試験的に行っているようで、たまたまこの小学校が対象になったとのこと。それまでは混み混みの地域の区民プールに行っていましたが、ここを知ってからはのんびり、静かな水泳が楽しめるようになりました。

玄関をあけて廊下から見下ろせればプールがある!
なんと、贅沢なんでしょう!(感嘆文)

このような生活をしてしまうと、引越しは考えられなくなりますね。こどもが大きくなったらどうしようか…とほほ。来年は小学校入学だし。まあいいさ、なんとかなるさ。

んで、この環境をもっとも堪能してるのがこの人。
朝から水着の準備をして、門が開くのを待っています。

「やっぱり夏はプールだねえ」

と言ってました。
幸せな5才男児です。

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蒼に本当の闇を経験させたかった。そして僕も経験してみたかった。

子育てって、親になった自分が未熟なわが子を育てるというよりむしろ、子どもを通して、自分自身の育て直しをしているように思える。

絵本の読み聞かせもそう。僕は幼少期、図鑑ばかり読んでいて物語り絵本はあまり読まなかった。図鑑を卒業したら、ドラえもんや21エモンなど藤子不二雄さんのマンガに夢中になってしまったため、ほとんど絵本は読まずにすごしてしまった。宿題をし残したまま大人になってしまったのだ。

この年齢になって、いくらこどもの気持ちでぐりぐらやエルマー、ナルニアを読んだところで、それは大人が読んでいるのであって、子どもの自分が読んでいるわけではない。それでも、蒼に読み聞かせをしていると、こちらの語りに蒼が集中して登場人物に感情移入しているのがよくわかる。その反応がおもしろく、僕も場面に合わせて抑揚をつけて読む。気がつくと二人揃って、物語に没入していいたりする。

さて、絵本も大事な体験だけど、それ以上に体験させたかったのが闇。真っ暗闇。東京に住んでいると夜でも街灯や家の明かりもあり、本当の闇に包まれることはない。でも、実はこの闇が想像力の源泉なのではないかと、いつも思う。

ということで、この夏の我が家の目標は「はじめてのキャンプ」(但し、キャンプ場は除く)となった。

奥様の実家が韮崎の自然(野生?)あふるるところで、義理父が登山家ということもあり、僕らは何の準備もせずに帰郷した。義理父は孫との初キャンプということもあり、準備万端スタンバイOK。実家から、車で30分も山道を走ると、山頂の手前に大きな池がある。今夜はこの湖畔というか、池畔でキャンプをするのだ。

この池は、実は知る人ぞ知る場所で、トンボ池としてある方面の方々には有名なのである。いまや貴重なトンボの種がここではのんびりと飛んでいる。大学の先生がここで採集してるらしい。でも生徒にもここは教えていない。謎のトンボ池。

義理父と夕食の準備、バーベキューの支度をしている間、蒼は池でアカハライモリを採っていた。片手に8匹を鷲づかみにして、とれたー!と自慢げである。(イモリもいまや準絶滅危惧種。両生類全般がすごい勢いで減っているのだ!)息子は生き物で遊んでいるときが一番幸せそうだ。

山の夜は早く来るので早めの食事。夕方5時半には焼き始める。全員皿をもって立ち食い。これもいい。普段母親に怒られることを、野外では機能上、やるしかないのだ(笑)

普段は人のいない池だが、この日は先客がいた。犬をつれてた桜井さん。白髪のおじさまである。さっそく蒼が挨拶に行く。釣られて僕も。テントの横に横に犬を寝そべらせ、折りたたみチェアにもたれて本を読んでいた。20年来、毎夏この池でキャンプをしているとのこと。昔は蒼ぐらいのこどもを連れて来ていたが、いまは成人してしまったのでひとりで来てる。奥様はおうちでのんびり。本人は池でのんびり。

あたりが暗くなると、さまざまな動物の声が聞こえてきた。風の音、虫の鳴き声。
街灯もなく、テントの周りの小さな灯りだけが、見える世界すべてだ。

蒼の表情が変わり始めた。緊張感がうかんでいる。モノ音ひとつひとつに敏感に反応する。いちいち何の音か聞いてくる。んで、僕は答える。わからないよー、パパだって、そんなの。

突然、林の向こう側で獣が争う声がする。枝を揺らし、威嚇する声。そして、ぼちゃんと池に落ちる音。義理父が猿か?とひとりごとを言うと、蒼はびびって、テントにもぐりこんだ。

この日は曇り。天気がよければペルセウス流星雨が見られるはずだった。肉眼で見えたら蒼も感動しただろうな。たむらしげるさんの「ながれぼしのよる」みたいな、シチュエーションなんだけどな。

テントから出てきた蒼は、先客さんが天体望遠鏡を出していたのを見て、さっそく質問しはじめる。月の表面を見せてもらい、そのでこぼこさ、立体感に驚いていた。

8時半には、またテントにもぐりこむ。エルマーを少し読んでやると、すぐ眠ってしまった。大人はそれからしばしワインを飲みながら、静かな闇を楽しんだ。

僕は桜井さんと天体の話、とくに木星の衛星エウロパの地質学上の話、生命の可能性など、ふだんできないロマンティックな話をたっぷりと楽しんだ。桜井さん、めちゃめちゃ詳しかったよ。本職はエンジニアさん、化学の専門家さんだった。

深夜かなり強い雨が降り、心配になってテントを出たが、雨漏りもせずなかなか丈夫に僕らを守ってくれた。こんな生地一枚のうすぺっらいものでも、間違いなく我が家なんだよね。不思議だ。

翌日は、山の頂上までハイキング。
蒼は昆虫網をかかえて、山道を登りつつ、ひらひら飛ぶ蝶を見るけると、採集しまくった。
小さい歩幅でしっかり登り歩く。

標高があがるにつれて、空気がひんやりとしてきた。
山の天気は変わりやすく、雲が瞬く間に発生し、雨を降らせ、消える。

僕らが歩く横を、キントウンのような雲が通り過ぎていく。
そして、また晴れる。
自然というのは不思議だけど、楽しい。

石神井に帰ったら、図書館に行こう!
また「はじめてのキャンプ」を読もうな。蒼!

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韮崎に帰郷すると、いつも必ず本が読みたくなる。義理母の本棚から読めそうなものを見つけたり、お使いのついでに近所の本屋で買ったりするけど、今回は乗り換えの三鷹駅で文庫本を買った。

知人が癌に侵されたというのもあるけど、実は僕も昨年胃のポリープをとっていたりする。毎年行っている練馬区の健康診断で胃のレントゲンを撮っていて、念のため胃カメラを飲むようにといわれた。

再検査、それも胃カメラははじめての経験で、ここ数年ロードバイクを乗り始めてからは健康診断には自信があったので、少しショックだった。

目白の聖母病院で胃カメラの予約をし、一週間後カメラを飲んだ。待合室で麻酔薬を喉の奥にため、うがいをするような姿勢で呼ばれるのを待つ。診察室に入ると、馬の尻尾のような、虹色の光を出すカメラを持つ医師が、僕をベッドに寝かせた。横向きになって馬の尻尾が、僕の口から、喉、奥へ奥へとずるずる入り込む。初めて経験する不快感に嘔吐感が、波のように訪れる。

医師が急に声をあげた。

「鈴木君!鈴木君いる?」
(…何だよ鈴木君って?何の専門家なんだよ?)
「杉江さん、ちいさいポリープがあるので、取ってしまいますね」
(…ポリープって?何それ?まさか、鈴木君て癌の専門医なわけ?)

医師はポリープと十二指腸のつながるところの組織がただれているのでそこも切除したとのこと。
念のため組織を精密検査する、結果は2週間後と言われた。

大げさとは思うけど、この2週間は針のむしろだった。といのも癌の可能性は低いが0ではない。ひょっとしたら僕が胃がんだと診断されることもありうる。

たったこれだけでも、深く死について考えた。もちろん癌患者ほど深刻にではないけど。

結果としては良性のポリープだったので、問題なかったが今後とも、いつそうなるかはわからない。癌は健康、不健康、善人、悪人関係なく、ある確率で必ず発生するわけだから。

ランス・アームストロングさんが経験した癌との闘病はすさまじいものだ。まだ読み終わってないが、しっかりとページをめくりたいと思う。

そして、この人もいま癌と闘っている。一音楽ファンとして、ぜひ癌をやっつけて、またステージで暴れてほしい。

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なんとか仕事も終わり、夏休みに入れそうな感じ。
お盆といっても、お互いの実家に帰郷して、じいじ、ばあばに孫を会わせるだけですが…。

さて、仕事の知人(先輩)が食道がんになってしまいました。すでに転移が進んでいるようで、治療も難しい様子です。かける言葉が見つかりません。

たまたま帰宅するとき、空の半分が夕方、もう半分が夜に変わるたそがれの風景に出会いました。自然の作り出す色彩は本当に美しい。

もし、自分の命の限りを知っていて、それがあと数年、数ヶ月だとしたら、このような風景はさらに目に沁みるんだろうなあ。人生の儚さを感じつつ、ペダルを回す。

カラスが鳴くから帰りましょ。

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