空を飛ぶものが好きな小学生だった。
図書館から何冊も本を借り、あらゆる紙飛行機を作った。できあがると校庭の滑り台によじ登り、空めがけて投げ上げた。よく飛んだのは、三角定規を二枚開きあわせた飛行機だった。胴体を摘んで、速度をつけて離すと、きれいに滑空した。
ある日、学校の帰り。
裏の用水路の向こう側に、ヒメジョオンが群生していた。白い花に蝶がとまり、蜜を吸っていた。イチモンジセセリだった。
どことなく紙飛行機に似ている小さな三角定規を見てふと思った。
蝶は〈飛んで〉いるのだろうか?
よく飛ぶ紙飛行機の特徴は、何一つ持ち合わせていない。大きな羽はあるけれど、重量バランスも悪そうだし、垂直尾翼もない。不格好にバタバタと羽ばたくだけだ。
しかし、捕まえようとすればうまく逃げるし、花の回りを意図を持って飛び、方向も高さも、自由自在だ。
確かに〈飛んで〉いる。
どうやって飛ぶのだろうか?
用水路には幅十センチ程度の細い板が渡してあった。向こう側に渡る橋として誰かが置いたのだろう。
捕まえて調べてやろう。
忍び足で板の上を渡った。足元には田圃に引く水が流れていた。
目の前に金色の羽根が開いたり、閉じたりしていた。指をのばせば摘めそうだ。
息を止めて、前に踏み出した瞬間、足元が崩れた。
視野が消え、ボコボコと水の鳴る音が聞こえ、空気が吸えなくなった。何かに掴まろうと手を伸ばしたが、もがくばかりだった。
あわてて水を飲んだ。
足が泥の感触を感じ、やっと身体を起こすことができた。大量の水を吐いた。濁った水は泥の味がした。
折れた板が水に浮かんでいた。やらなきゃよかった。母に怒られるだろうな。ぼたぼたと水を垂らしながら、家まで走って帰った。
残念ながら、イチモンジセセリの飛行のしくみを知ることもなく、大人になってしまった。
今でも、よくわからないままだ。