Feeds:
投稿
コメント

Archive for 2014年5月

小学生男子も忙しいらしい。

朝早く学校行って、帰ってきたら友達と遊んで、ママが帰って来る前に少し家事を手伝って、宿題もやって、サッカーもやって、テレビも見て、ご飯食べて、明日の時間割揃えて。

のんびりする時間なんて、全然ないらしい。

虫を見てるとほっとするんだって。生き物の世話をぼーっとするのが、いいんだって。蝶のこと考えると楽しいんだって。

好きこそものの上手なれっ、てか。

悪くないけどね。

20140527-午前083259-30779200.jpg

20140527-午前083258-30778061.jpg

20140527-午前083300-30780016.jpg

Read Full Post »

バッキーが何の気なしにシェアしてくれたコーチの言葉が素晴らしかったので、備忘録としてブログに残しておきます。船橋のクラブチームのコーチが大事にしているお考えだそうです。

文末の素敵な写真はなおとパパの作品です。文章を読んでからご覧になると、あふれる涙を抑えきれません。

—以下転載—

長文失礼します!

「からだ」と「こころ」

「からだ」
ジュニア年代、基礎基本を「ないがしろ」にして、ゲームの勝ち負けを競います。
残念ながら、基礎基本が身に付きやすい幼少期やジュニア期を逃してしまっています。その代償は、少し大きくなったジュニアユース期やユース期に、選手自身が負わなければならなくなります。
ジュニア年代の子供を持つ親には分からないことです。

以下のこの事は、重要視されていないことが多いと感じています。
「しっかり見る」
「感じる」
「イメージする」
「相手と駆け引きをする」
「ゆっくり考える」
「いろいろな中から選ぶ」
「ボールを持てる力」
「ぎりぎりで判断を変える」
「遊び心をもつ」 その他諸々。

これをジュニアユース年代やユース年代で身につけるには、何倍も時間がかかりますし、そのような環境は日本に少ないと思っています。
小さな頃地域で目立っていた選手は、いつの間にか目立たなくなっていきます。

大きくなった時のステージで必要とされることを、ないがしろにして勝ち負けを競ったことによるものだと感じています。

子供達の成長は、あっという間で、すぐにそのような武器が必要になります。その時に武器を持ち合わせていなくて、行き詰まるのは選手自身です。その武器を使いこなす為には、小さい頃からの経験が必要なのです。体得するまでに本当に時間がかかります。選手自身の気付きが大変重要です!目先の大会で勝った負けたを言っている場合ではありません。

「こころ」
子供は親のエゴの道具ではありません。
子供を通して、親も「成長」できる機会です。
五体満足に生まれてくれて、選んだスポーツができること。
そのことに幸せと有難さを感じて欲しいものです。
多くの子供達がジュニアユースやユース年代で大きな壁に当たります。
今は「子供」です。
幾らでも大人の知恵で方向付けができるのです。
ジュニアユース(中学校年代)にもなれば、私達も通って来た「自我の確立」がなされます。

「子供」から「一端の自我を持った選手」に変わって行きます!
その時、
「親」の期待の大きさに「気付き」!
「親」のうっとおしさを「感じる」ようになります!

親の期待は、自分の意思では無く、その期待に応えられるのは、日本で数名に過ぎません。

大好きだったサッカーに対して、距離を置き辞めていく選手も山ほどいるのです。

週末に勝ちたくて、メダルを取らせたいのは親です。
他人の子と見比べて、優越感を感じたいのは親です。
選抜やトレセンやJ下部に選ばれて気を良くしているのは親です。
子供達に優劣を付けて、我慢できなくなるのは親です。
プレーの失敗を我慢出来ないのは親です。
上手くできない事を許容出来ないのは親です。
チームの負けを許容出来ないのは親です。
息子が交代させられて「ベンチからゲームを観る機会」を許せないのは親です。
AチームからBチームになった途端辞めさせるのも親です。

サッカーという素晴らしい競技を選んでくれたのは「彼ら」です。
壁を感じるのは「彼ら」です。
壁を打ち破ろうとするのも「彼ら」です。
ピッチで成功体験、失敗体験するのも「彼ら」です。
自分より凄い選手と出会ってしまうのも「彼ら」です。
勝って嬉しい!負けて悔しい!思いをするのは「彼ら」です。
サッカーを続けるか辞めるか決断するのは「彼ら」です。

子供は様々な機会と経験が必要です。
「自我」が出て来て、サッカーを簡単に辞めていくのは、小さな頃から壁に当たらなかった子供達の方が圧倒的に多いのです。

サッカーの楽しさ!
仲間の大切さ!
ゲームに出られない経験!
もっともっと上手くなりたいと思える感情!
親の影がチラつかない環境!

これらのことは、子供が小さければ分からないことでしょう。
でも数年後には何処の家庭にも必ず来るのです。

今は、幾らでも思い通りにさせることが出来ます。(大人の知恵で)
でも、どうにもならなくなるのです。

どうにもならない時というのは、「息子」「娘」の心に大きく拭えない「傷」を残しますよ。

子供は、親を満足させる道具ではありません。
今そのことに気づくことが出来るチャンスです。

私どものクラブは、ジュニア年代に結果を残すなとスタッフに強くお願いしています。
親が更に更に、結果を求めるようになるからです。
負ける息子を許容出来ない親は、子供に対し更にプレッシャーをかけます。

私が選手だったら、毎回観に来てなんか欲しくない。
親からいちいち言われたくなんかない。

「彼ら」は、歳を重ねて大人になり、親を超えて行く日が来ますよ。

子供が生まれて来た時の感動を忘れないで欲しいのです。
生まれた時から既に「彼」「彼女」の人生です。
「親御さん」の人生ではありません。
サッカーという素晴らしい競技を選んでくれたことに感謝して、見守って欲しいものです。

—転載終り—

まあ、うちの子たちは心配なさそうであるが。

20140522-午後010635-47195657.jpg

Read Full Post »

20140516-午後085519.jpg

息子くんは網を持って林の中へ消えて行った。とうとう念願の蝶を捕れるかもしれない。期待が足取りを軽くさせている。

東京から四時間近く車を走らせて、こんな山奥へと来たのだ。高速のインターを降りてから、蛇行する山道を走り、車を降りたらトレッキングシューズに履き替えて丘を登る。

白樺の林を抜けて、小川に沿って歩くと、小さな広場に出た。

「ここです。ここで捕りましょう」

師匠が虫網を準備すると、息子くんと友達も真似して、網を組み立てたはじめた。

知る人ぞ知る虫捕り名人の師匠は、国内でも屈指の昆虫の専門家だ。虫の習性や出現地などを熟知した上で、季節や天候、食草の状況を読み、虫を捕る。

師匠はこどもたちに一言二言声をかけて、子連れの獣のように林に潜り込んで行った。

おれらは林のなかの広場に残された。

「なんでこんなところまで来ちゃったのかね?」

奥さんが笑いながらつぶやいた。

息子くんの虫への好奇心は底なしで、おれらがちょっときっかけを作ってやると、はにかみを捨てて突進して行く。

蝶捕りの師匠も、奥さんがどこかから聞きつけて連絡を取ったら、息子くんはすぐ会いに行った。

息子くんの好奇心にひきづられて、とうとう人もいない山里まで、虫捕りに来ることになった。

「本も大事だけど、実物の経験が一番だよね」

奥さんのつぶやきに、おれも大きくうなづく。

小一時間、経ったか。

師匠が嬉しそうに戻ってきた。

「二人とも捕れましたよ。お宅の息子くんは自分で見つけて、自分でネットインしましたよ。全部自分でがんばった。ガッツポーズで喜んでました」

ほっとした表情で、師匠はタバコに火をつけた。

街で見るタバコの煙は毒々しく見えるが、自然の中では心をなごませる。

「あいつは、楽しいことは抜け目なく、必ず手に入れる奴だね」

奥さんが意地悪く皮肉を言うそばに、息子くんがはあはあしながら帰ってきた。

軽く興奮して、蝶を見つけてから、網をかぶせて、三角紙に入れるところまで、事細かに説明してくれた。

「ゆーたくん、も一回行こうぜ」

友達に声をかけて、また林の中に消えて行った。

息子くんを師匠に任せて、せっかくだからと奥さんと観光した。写真家が大挙して訪れる池を見たり、古民家を改築した温泉宿を探したりと、のんびり時間を過ごすことができた。

途中、林の中を黒いものが動き、こちらを見た。シカか?

目があった瞬間、とっとっと林の中に逃げ込んでいった。

ここまで来ると野生度もあがるな。

虫捕りの広場に帰って来ると、いるはずの子供たちはまだ帰ってない。探しに行こうと歩き始めたら、息子くんがすごい勢いで坂を駆け降りてきた。

「どした?」

青い顔をした息子くんが、早口でまくしたてた。

「くまに会った」
「くま?」
「そう!」
「シカじゃないの? このへんいるみたいよ」
「シカじゃないよ。絶対クマだよ」
「本当ー?」

少し疑りながら、詳しい話しを聞いて見た。

〈お目当ての蝶がたくさん捕れる場所を見つけた。一人で三匹連続で捕れた。獲物を三角紙にしまおうとしたら、向こう側でがさがさ物音がした。何かな?とよく見たら、黒い頭で、四つ足でのさのさ歩いていた。すぐクマと確信した。とたんに手が震えて、蝶をしまえなくなった。音を立てないように三角紙をリュックに入れたら、今度はチャックが閉まらなくてあせった。物音を立てないように、見えないところまで後ずさりしてから、ダッシュで逃げて来た〉

とのこと。

「ほんとー?くまだった?シカじゃないの?」

ママがからかうように言ったら、真顔で、あれは絶対クマだ!と言い返して来た。

おれはどちらでもおもしろいなと思っていた。本人がクマと信じて、森の中で恐怖体験をしたなら、それがすべてだ。

おれは聞いてみた。

「どんな気持ちだったの?」
「焦ったよー。身体うごかなくなったよ」
「そりゃ大変だ」

笑いながら言うと、言い返して来た。

「おれの短い人生もここまでかと思ったよー」

凄い体験をしたものだ。その緊迫感を忘れないといいな。

「場所変えて、もう一回蝶探してくる!」

勇者はまた、反対の林に消えて行った。

「またすごい経験をしたもんだー」

奥さんが感心してたら、師匠が帰ってきた。

少し真面目な顔でこう言った。

「子グマが向こうにいましたよ。ここいらに親グマがいるかもしれないので、用心しましょう」

今度はおれらの顔が青ざめる番だ。

そんなこんなで、人に恵まれた息子くんは、念願の蝶を捕ることができた。それだけでなく、生きたままの交尾済みのメスさえも手に入れた。

そして、今朝そのメスが、飼育箱のなかで産卵をしたのだ。

これで来年の春まで、また家族に幼虫が増えることが確定した。

あいつは、ほんとに世話できるのだろうか?

20140516-午後085637.jpg

20140516-午後085740.jpg

20140516-午後085843.jpg

20140516-午後085905.jpg

20140516-午後085951.jpg

20140516-午後090023.jpg

20140516-午後090056.jpg

20140516-午後090159.jpg

20140516-午後090214.jpg

20140516-午後090238.jpg

20140516-午後090310.jpg

20140516-午後090355.jpg

20140516-午後090520.jpg

20140516-午後090551.jpg

20140516-午後090602.jpg

20140516-午後090706.jpg

Read Full Post »

20140516-午後085304.jpg

スチュワーデスのことを、今はキャビンアテンダントと呼ぶが、そんなことはどっちでもいい。

飛行機に乗る度にいつも思うこと。

彼女たちの、本来の、隠された大事な仕事は、飛行機に事故が起きたときの、乗客の危険回避誘導なのだと思う。

ふだんは食べ物や飲み物をサーブしたり、寒い人に毛布を持って来たり、文句ばかり言う客をなだめたりと、お世話係のような仕事をしてるが、おそらくプロにとして育成される過程で、あらゆる状況を想定した厳しい救助訓練をしているのだと想像する。

不可避に起こってしまった危機に対し、リスクを最小にするための、瞬時の判断と行動を繰り返し訓練し、有事の際は私心を捨てて救命行動する強さを、あの笑顔の向こうに準備しているのではないか。

お隣の国で観光船が沈み、乗客より先に船員が逃げてしまったことが大きな問題になっているが、確かにその通りだけど、おれがその立場だったら、自分の救命を留保して、他人を助ける行動を取れるだろうか?

意気地なしのおれは、正直立派な行動をとる自信はない。

プロの高い職業倫理観を、おれは尊敬していて、自分も少しはそうなりたいものと思ってるけど、なかなかどうして、お恥ずかしい限り。

スチュワーデスさんに笑顔でコーヒーを入れていただきながら、そんなことを考えた。

Read Full Post »

20140508-午後061529.jpg

何もない。
人もいない。

湿原の湿った草を踏む足音。微風に揺れた木の枝が、コツコツとぶつかる音。

あちこちからキュロキュロとカエルの鳴き声が聞こえる。ジージーと虫の鳴く声が重なり、360°の音の立体感。

日常の目で見れば何もない。

水面は鏡のように滑らかで、踏み出せば向こう岸まで歩いて渡れそうな気になる。

ここ数年、来る度に水の量が減り、池が小さくなっていた。昨年は色も茶色く濁っていた。

大事なおばあちゃんが、老いて小さくなっていくような寂しさがあった。

でも、今年は水をしっかり保ち、みずみずしい池に戻っていた。

よかったよ。

何もないこの池は、実は生き物の豊穣な宝庫、稀有な池だから。

こどもたちは池に着くなり、網を持って先に行ってしまった。

標高が高く、空気はひんやりと冷たい。奥さんはダウンジャケットを取り出して着た。

池畔を二人で歩きながら、こどもたちを追いかける。

自分たちの話し声が、この小さな脆い世界を壊してしまいそうで、自然と小声になった。

この池には湿原特有の希少な生き物や植物がいて、こどもたちはそれが見たくて、触りたくて、半年も前から楽しみにしていた。

小さな好奇心は、気配を消して、息を殺し、池畔を移動しながら、生き物の影を探す。

獲物を見つけると、一瞬動きが止まり、狙いを定める。

波ひとつない池面に網を入れる。波紋が大きく広がっていく。

網の中を覗いて、期待の表情が失望に変わる。

生き物を取るのは難しい。だからこそ取れたときは嬉しい。

東京でのこどもたちの環境は、ますます人工的になり、大人の使い易いロボット子供が、拡大再生産されている。

生まれたときから、スーパーの特売チラシのような、粗雑な言葉と色と音を、毎日浴び続けて、本能が麻痺している子がたくさんいる。

こどもの心を弄ぶ大人たちは、舌なめずりして、こどもたちの時間と自由を奪い金に変え、大人の価値観でこどもの想像力を埋めつくしてしまう。

こどもたちがかわいそうだ。息苦しいだろうな。

大人の言うことなんて聞かなくっていいよ。

きみたちの本当の先生は、自然と自由だ。

せっかく〈きみたちが〉神さまからもらった大事な命と時間。本当に大事だと思うものに使えばいい。

こどもが生き物から学ぶものは無限だ。生き物の不思議さ、たのしさ、美しさ、多様性、生き物同士の関わりを知ることは、命の仕組みを知ることだ。

生き物は命の仕組みを知り、活用することで、この無味乾燥な無機的な惑星に、豊穣な生き物の世界を作り出した。

その不思議さのかけらでもいいから、網で拾い上げてごらん。

この池に来て、本物を捕まえてごらん。

たくさんの不思議が、きみたちの目の前に表れるから。一生をかけても解けない謎こそ、きみたちの宝物。

おれたちにできるのは、ここに連れて来ることぐらい。気づくかどうかはきみたち次第。

あとは自分でがんばれ。

あっ、とっくに気づいてるかな?

20140508-午前085947.jpg

Read Full Post »

20140502-午前054514.jpg

なんとなく。

ぼんやりとは気づいてたんだけど、はっきり像にはなっていなかったので、見えない振りをしていた。

でも、こうやって目の前で形になってあらわれると、もう認めざるを得ないな。

幼年期の終わりが近づいている。

嬉しいような、さみしいような。

⚽︎

全日本のブロック予選が行われた。杉並区と中野区のチームが集まり、トーナメント形式で都大会への道を争う大会だ。

トレーロス2014のU12は、他の保護者は怒るかもしれないが、前後の世代と比べてサッカーの理解度が著しく低く見えた。

大会に出場しても大した戦績を残すこともなく、かといって明日への希望を感じさせる試合をするでもなく、本当にこの子たち大丈夫かな?サッカー好きなのかな?と心配するほどだった。

練習で見る限りボールタッチは、そこそこできていて、ときにはうまいなーと思うプレイもあるのだが、ゲームになると別だった。

ピッチのなかのちぐはぐ振りは、ときにはコメディーのようでもあり、何をしたいのか、見てる方にもわからないことがあった。

無い知恵を絞っていろいろ試すが、たいてい相手に裏をかかれ、逆襲にあって何度泣いたことか。

試合中の混乱があまりにおもしろいので、いつしかチーム鳥頭と呼ぶようになった。

おれが試合動画で口ずさむ度に奥さんから「人様のお子さんもいるんだからやめなよ」とたしなめられたが、そう言わずにいられなかった。

実は、その稚拙さ、不器用さ、滑稽さが、たまらなく可愛かったんだ。

そんなヒヨコちゃんたちが、予選を通じて大きく変身した。

⚽️

トーナメント一回戦は、3チームによる一次リーグ。上位進出は一位抜けのみ。得失を計算しながら、ライバルチームにプレッシャーをかけ、接戦をものにするたくましさを見せた。

二回戦は、4チームによるリーグ。これも一位抜けのみ。同じようなサッカーを志向する二試合目が山だろうと、保護者同士で話していたら、案の定、難しいゲームになった。

しかし、ここで彼らは接戦の緊張感やプレッシャーに気負うことなく、むしろいろんなチャレンジをして、勝利以上のフットボールのおもしろさを保護者に見せてくれた。

正直驚いた。
これがおれたちの子供たち?

コーチがうまくバランスをとってくれたにしても、ゲームをしっかり掴み、勝負強さを見せつけてきたのにはまいった。

決勝トーナメントの準決勝は、何度も煮え湯を飲まされてる区内の強豪だ。

過去の対戦では、先制しても追いつかれてPKで負けるなど、子供たちにとっては大きな壁となって屹立するライバルだった。

前半は守勢に回りなんとかこらえる。しかしただ押されてるだけでなく、反撃の機会を伺う腹黒い目つきをしていた。

後半開始してすぐ相手は猛プレスをかけてきた。自制心の未熟なジュニアでは効果的なやり方だ。

しかし我が子たちは落ち着きを失うことなく、何度も押し寄せる波を、目を見開いてやり過ごし、なんとカウンターから先制してしまった。

そして先制に浮かれることなく、ゲームをしっかり握りしめ、勝負を決めてしまった。

目の前にあらわれたのは、紛れもなくフットボールだった。

この勝利で、都大会出場を決めた子供たちは、たくましく自信をつけ、少し大きく見えた。

ひ弱な、子供っぽい、わがままで可愛らしいサッカーをしていた鳥頭くんたち。

チームのためではなく、自分たちの気持ちいいプレイを選んでばかりいた鳥頭くんたちが、とうとう目覚めてしまったのか?

もしそうなら、彼らの覚醒を促してくれたのは、予選で戦った相手チームたちだ。

⚽️

決勝戦では力尽き、大差で負けてしまったが、今大会の子供たちの成長ぶりには目を見張るものがあった。

試合が終わった後のミーティングを見ていて、はっきりわかった。

子供たちは、もう親ではなくコーチと歩いている。彼らはフットボールを探す旅に出発しようとしているのだ。

「ありがとう。もういいよ。ここからは自分で行くからさ」

鳥頭くんは、さっきまで握っていたおれの手を離して、仲間たちと肩を組んで、歩いていった。

おれの手には、まだ小さな掌の感触が残っているのに。

幼年期が終わったのだ。

彼らはもうおれらではなく、彼らなんだ。

親の役目が終わったのかな。

親の庇護を離れて、小さなフットボーラーとして歩き始めた彼らを、もう鳥頭くんとは呼べないな。

残念だな。

鳥頭くん、結構気に入っていたのに。

20140502-午前054528.jpg

20140502-午前054536.jpg

Read Full Post »