Feeds:
投稿
コメント

Archive for 2015年2月

IMG_5543

唐突にママが聞いてきた。

「あのさ、虫捕りに外国に行ってもいい?」

一瞬、目が点になった。Beatles “A Hard Day’s Night”のド頭のギターが鳴り響いた気分。

息子くんはサッカーの練習から帰ってきて、ご飯を食べたらバタンQ。隣の部屋から寝息が聞こえる。

「飛ばすねー。沖縄とかじゃなくて?」

笑いながら聞いてみる。頬は少し攣り気味に。

「マレーシア。ランカウイ島」

マレーシアって?東南アジア?どこですか?高校の頃、地理で百点満点中8点をマークしたSくんとはおれのことだ。

ママは続ける。

「吉澤さんのツアーがあるんだけど…」
「予算は?」
「結構いく。ま、あたしも悩んでんだけどさ」

吉澤さんがギフチョウツアーの晩飯のときに、息子くんに語ってたな。一押しだとか。蝶の宝庫なんだよな。ランカウイ島って。

さてさて。どうしたものか。

「息子くんにはまだはやいんじゃね?標本だって、上手く作れないのにさ。大学生とか、大人になってからでもいいんじゃないの」

一応、抵抗してみる。

「でもさ、あいつが興味持ってる今がチャンスだと思うんだよね。どうせやるなら本物見せたくない? 来年は中学だし。サッカーだって忙しくなるしさ。虫に関心ある今が、生の体験を親子で共有できる最後だと思うんだよね」

ママはときどきすごく度胸がある。お金もそうだけど、人との出会いの貴重さをよく知ってて、本物のチャンスを見つけるとゴリゴリ押してくる。

虫を捕るのが目的ではないんだな。未知の世界で、息子くんになにかゴツゴツしたものを、素手で触らせたい。その勇気を育てたいんだろうな。

おれ的には、かなり同意。
ママは続ける。

「吉澤さんにメールで相談したらさ、早く行かないとおれ死んじゃうよっ!て脅されたわ」

背中ドン。
きたーっ。

よし、乗った。息子くんの好奇心に賭けてみよう。魔界吉澤ワールドを探検してみようじゃないか。ランカウイで息子くん、何を見つけるのかな。

そんなこんなで、あっという間に師走。

慌ただしい日々が続く。おれとママは仕事家事に忙殺されハアハア。息切れしそう。魔界に行くまでには、やらなきゃならないことがたくさんあった。

息子くんも息子くんで、来春所属するサッカーチーム探し。できれば部活よりクラブでやりたいとのことで、近隣のクラブを探す。

小六にして就職活動みたいに練習会やセレクションの申し込みをし、はじめて顔を合わせる子供たちとポシションを争う。左利きのサイドバックということで、比較的求人は多いが、それでも狭き門だ。

強豪にもぐりこめればいいというわけではない。自分のレベルと中学生活とバランスが取れるクラブを選んでほしいと親は願うが、決めるのは本人。クラブ探しからそれは始まる。やるのは自分。

旅行の荷造りが手付かずなのに、吉澤さんからは旅程や航空券が送られてくる。気持ちは焦るが、旅に心を遊ばせる余裕はまったくない。

間もなくして息子くんに、合格通知が届いた。武蔵野の比較的近いクラブからだった。同じ小学校の友達も受かり、急に道が開けてきた。ここなら通えそうだと親も一安心。

おれもママも日々の雑務に追われてるので、採集道具の準備は息子くんにまかせきり。ときどきママのiPhoneを借りて、吉澤さんにメールで確認してる。たのむよ息子くん。頼りにしてるよ。

結局、パッキングが終わったのは仕事納めの日。旅行前日、夜11時だった。明日の朝には羽田空港のロビーで吉澤さんと待ち合わせ。なんとか間に合った。

それにしても。

はじめてのマレーシア。
はじめての東南アジア。
はじめての海外昆虫採集。

どんな旅になるのだろう。
息子くんはどんな眼の色をするのだろうか。

広告

Read Full Post »

20140516-午後085740.jpg

あとから回想してわかるほんのちいさな道標が、道のところどころに置かれていた。まだはじまったばかりの、息子くんの人生の。

虫についての、偶発的なちいさなきっかけは、息子くんが小学四年生のときだった。

「こんどの、遠藤先生は教科書使わないからおもしろいよ」

息子くんが授業を受けて少し経ってからの感想だ。

「ゴミの話をしてたら、下水の話になって、川の話になって。あっ、ママ、今度下水場見にに行こう。多摩川の河口にあるって。先生が見て来いってさ」

おもしろそうな先生だ。夕飯を食べながら息子くんの話を聞く。

「多摩川にはさ、熱帯の魚いるんだって。知ってた? アロワナとかさ、肉食もいるんだよ。タマゾン川って呼ぶ人もいるんだって。本があるって先生言ってた。今度買って」

いきものネタかー、いいな。

「この前なんかさ、石神井公園の話ししてたら、郷土の話になって、大根になって、江戸の話になって…。そうだっ、ママ、来週、浅草のほおずき市あるって。先生も行くって。先生見つけたら宿題免除と、綿飴奢ってくれるってさ。おれ行くからね」

きっかけを作るのが抜群に上手い先生なのはすぐわかった。いい先生が担任になってくれたな。

20120713-午前060951.jpg

そんなこんなのある日。

息子くんが学校からジューシーフルーツの鉢植えを持ち帰った。先生の発案でみんなで種を植えたそうだ。ところがなぜか芽が出たのは息子くんだけだった。夏休みは水やりができなくなるので、持ち帰ってきたとのこと。

自分しか芽が出なかったという特別な気持ちもあり、息子くんはマメに世話をしていた。ジューシーフルーツはすくすく育ち、鮮やかな緑の葉を茂らせた。

そのジューシーフルーツに緑のノソノソが産まれたのだ。はじめは鳥の糞かと思った。やがてノソノソは大きくなり葉っぱをもしゃもしゃ食べて大きな幼虫になった。

息子くんも、ママもおれも、朝起きてジューシーフルーツを見るのが日課になった。幼虫は何匹もいて一所懸命に生きていた。健気でかわいい。

しばらくして色が変わり、さなぎになり、そして羽化。ドラマティックな形態の変化に、息子くんの瞳孔は開きっぱなしになった。

蝶熱はここからはじまったと思う。これも遠藤先生の啓示なのだろうか。たまたまの偶然か。

変化の第二波はファーブル昆虫塾だったかな。標本の展翅がやりたいと言い出して、親にはとても無理だからどうしようかと考えあぐねていたら、ママがどこからか探してきた。

アンリファーブルの昆虫記を翻訳された館長先生が、子供たちを集めておもしろおかしく虫の話をしてくれた。専門的な話もあり、文化論もあり、採集の話しもあり。虫好きのボーイズ&ガールズの好奇心をチクチク刺激する。

IMG_4479

虫熱のすごい子供たちに、はじめて針を使った展翅を体験させてくれた。展翅すると蝶の体のしくみがよくわかる。無理をするとすぐ壊れてしまう。その脆さが集中力を倍加させる。

それからの息子くんは、御多分に洩れず、図鑑、採集、展翅、標本のループで、虫の世界に引き(ずり)込まれていった。

全国の採集家が一同に集まるインセクトフェアの存在を知り、膨大な量と質の標本を目の当たりにし、むし社で本格的な採集道具を手に入れたら、昆虫少年ができあがった。

第三の衝撃波は、間違いなく吉澤さんとの出会いだ。図鑑でギフチョウに魅せられ、採りたくてたまらなくなった息子くん。生息地が限られていて、田舎の山奥に行かないと取れない採集困難な稀有種だ。

おれは大人になるまで待てよと諭したが、ママがファーブルの友達ママに相談したら、目白に専門家がいるので、訪ねてみたらとのこと。

息子くんとママ、二人して目白のお店を訪ねた。階段を降りる途中に幼虫や蛹の飼育ケースが積み重ねられ、扉を開けると恐ろしいほどの標本が壁の引き出しに埋まり、小沢征爾似の不良っぽいおじさんがカウンターの奥に立っていた。自己紹介もそこそこに、ぶっきらぼうに息子くんに聞いてきた。

「何年生?」
「六年です」
「きみ、なに採りたいの?」
「ギフチョウ…です」

タバコのケムリをプーっと吐き出すと、紫煙の向こうに異常型のギフチョウの標本が並んでいた。

マエストロはつぶやく。

「ギフチョウね。これからいい季節だね。最近は採れなくなったけどね。お母様も行けますか?山菜とかも取れますよ」

マエストロはにんまり。ママの顔色を伺う息子くん。ママもうなずく。家族を代表して息子くんが答える。

「だいじょぶです」
「わかりました。連絡先ここに書いて…」

白いメモに住所と電話番号を書き書きした息子くん。あとは延々、蝶の居場所と習性、取り方、展翅のコツの話を聞き、吉澤さん自作の地図帳をお借りしてお店を後にした。

それからは息子くん、少しだけ朝早く起きて、ぼんやり図鑑と地図を眺める日々。虚ろな目で未知の里山で網を振る自分の姿を恍惚と空想しているのだろうか。

寒さも少しやわらぎ、花粉で鼻がむず痒くなり始めた頃、吉澤さんから採集ツアーのお誘いをいただいた。ガッツポーズする息子くん。時期はGWの頃だ。サッカーの練習日と重ならないか心配しつつ、ラッキーにもオフ日であることが判明。あとはギフチョウ用の道具の準備。嬉々としてお年玉の封を開ける息子くん。

東京から車で4時間。高速を降りて市街地を通り抜け、峠道を蛇行し、渓谷に挟まれた山村にたどり着く。風はまだひんやりとしていて、春はこれから。荷物を民宿に預けてそのまま採集地へ。

20140516-午後085951.jpg

まさに日本の里山の原風景。

トレッキングシューズに履き替えて山道を登る。木漏れ日が穏やかで、風景を見ているだけでも十分楽しめる。息子くんは採る気満々だったが、何も飛んでいない。

クマが出ると脅されて少しびびるが、野原の気持ちよさと遥か遠景に見える雪山がコントラストになり、心が広々とする。

「もう少ししたら飛び始めるよ」

吉澤さんが枝の上の方を見ながら言った。息子くんはうなずいて、網を握る手に力をこめる。

そして、本当に予言通り、しばらくしたらギフチョウが飛び始めた。雲ひとつない青空を可憐な春の天使が舞う。

息子くんは追いかけて、乱暴に網を振る。あんなんで採れるのかな?とママと話してたら、紅潮した顔で戻ってきた。

「採れたー!ギフチョウ採った!」

息子くんは吉澤さんに報告し、男同士の固い握手を交わした。念願の早春の女神ギフチョウ。雪の残る山を背景に飛翔するギフチョウは見事な風景写真のようだった。

20140516-午後090159.jpg

以降、息子くんの吉澤さんへの信頼は、絶対的に分厚いものとなった。勝手に師匠認定して、日々ご指導賜わる次第になる。この日を境に息子くんの蝶熱はさらにエスカレートする。

いろんな人から刺激を受け、ホップ、ステップ。あとはジャンプ。

息子くんよ。
キミハドコノニイクノカネ?

Read Full Post »

IMG_6539

おれだって生き物は嫌いじゃなかったよ。子供の頃は埼玉の片田舎で育ち、普通に田んぼや空き地もあった。昆虫もわんさかいた。モンシロチョウやセセリチョウを手づかみしたり、キアゲハはときどき網で獲れて興奮したり。タテハチョウは敏感過ぎて触れもしなかったけど。野原のトンボ、コオロギ、カマキリ、田んぼのイナゴ、ホタルはみんな遊び道具で、池に行けばクチボソ、ザリガニ、鮒もいた。空き地で野良犬に追いかけられたり、塀の上に野良猫もいた。生き物は普通に身の回りにいたので、特別関心を持つ対象ではなかった。

結婚して東京に引っ越して来て、子供が生まれた。男の子だったので、おれが子供の頃おもしろかったものを適当に与えていたら、カブトムシに強く反応した。フルアーマーな戦隊ロボット的格好良さのある甲虫に息子くんは魅了されたみたいだ。

飼育が始まり、産卵、幼虫、さなぎ、成虫とカブトムシの一生の変化を体験し、死骸を標本にした。いつからか絵本やゲーム機が埃をかぶり、昆虫図鑑が開かれたまま、部屋中に散乱した。

ママが嫌がるかなと心配してたけど、むしろ喜んでたみたいだ。彼女はもともと自然の濃い豊かな山梨育ちなので、我が子の、東京の子供たちの不自然な、窮屈な環境に不安を感じていたようだ。

「あいつは、もっと野生って言うかな、ナマの体験を欲してると思うのよ」
「ナマ?」
「生々しい生ね。森とか、山とか、草木とか、虫とか獣とか」
「サッカーじゃだめなの?」
「サッカーなんか、一から十まで大人が準備した作りものでしょ。出来合いの施設の中で走るゴーカートみたいなもんよ」

山梨に帰郷すると、地元の人しか行かないような池や雑木林に連れて行った。ママがガキ大将で息子くんが子分って感じだった。義理父も喜んで息子くんをいろんなとこに連れ回した。

カナブン、カミキリムシ、コクワ、カブト、アカハライモリ、アマガエル。

石神井公園のセミしか採れなかった息子くんの獲物が、バラエティーに富んできた。空っぽのプラスチックの虫かごを首からぶら下げて帰郷し、帰りは獲物がゴソゴソぎっしり。中央線の窓際に置いて、車窓の夜景とともに虫を観察し、疲れて眠る。東京に戻るときはいつもそんな感じだった。

IMG_6541

IMG_6543

IMG_6542

20120817-午前085551.jpg

IMG_0170

SANYO DIGITAL CAMERA

 

Read Full Post »

IMG_5776-0

べつにそれほど蝶が好きってわけじゃない。ひらひら飛んでるのを見つけて、ああきれいだなって、立ち止まって眺めるくらい。

なのになぜこんなところでおれは網を振っているのだろう?

蚊に刺されるからと長袖のシャツを着せられ、ヒルに喰われるからと靴下まで包まるようにズボンを履いて。右手に網、ベルトには三角缶。

マレーシアは乾季で気温は30℃近い。同じ頃、東京は真冬の寒気団に包まれ、朝夕は氷点下になっているそうだ。いつもなら紅白歌合戦で紅潮した気持ちをお屠蘇で暖め、蕎麦をすすり、そのまま初詣に繰り出している頃か。

iPhoneで時間を見る。そろそろ蝶が飛び始める頃か。陽射しが強くなってきた。ついでにTwitterを開けてみる。タイムラインに寒風のなか厚着して並ぶ初詣客の写真が流れてきた。

「東京はちょー寒いみたいだよ…」

画面の写真を見せようかと思ったが、あまりにも場違いなのでやめた。

そもそも息子くんもママもそれどころではない。二人とも狩猟者の眼で密林の隙間を凝視している。赤と薄緑の大きな網が右往左往して、戦国時代の合戦の幟のようだ。遠くから息子くんの名を呼ぶ声が聞こえた。

「ママっ、吉澤さんが呼んでるっ!来たみたい」

二人は蔓や枝をかき分け、声の方に消えていった。あたりには甘酸っぱい、熟れ過ぎた南国の果実と焼酎の匂いが漂っている。

おれは蒸し暑いマレーシア、ランカウイ島の密林のなかで、気温30度の元旦を迎えてる。

IMG_5762

IMG_5773

IMG_5778

IMG_5784

IMG_5781

Read Full Post »