こんなはずじゃなかった。地図を見たときは、いままでに一番楽なルートだと思ってた。
何年か前、息子の立てた無謀なルートで西伊豆を走ったときは、一日目は沼津から雲見、二日目は雲見から下田。登り下りの連続する海岸線を、ときには自転車を降りて押してでも走ったもんさ。あれに比べれば、距離も獲得標高もかるいもんさ。
あんときゃ、あいつら勝手にどんどん走りやがって。後から押して追いかける俺を、ロシナンテと囃しやがった。
歩くだけで大変な登り坂を、自転車を押してるんだぞ。おまえらだって、あと20年かしたらおれと同じ、老いた驢馬になるんだぞ。笑うなら笑え。
去年は地震と病気のせいでほとんどまともに走れなかった。俺も今年で69だ。あと何年走れるかわからん。今年が最後のつもりだ。
250メーターって言えば、達磨山の4分の1だ。斜度もあんなにきつくない。自転車も軽いギヤにした。つらいだろうが、何とか足をつかないで登れるかと思ってた。
それがどうだ?こんなにつらいとは。
足がまったく動かん。
息子が後ろから声をかけてくる。顔を上げろとか、ギアを変えろとかうるさい。足を止めると、止めるなとどなる。
トンネルにアタックしたときは、道幅が狭く、照明も暗いなか、トラックやバスが追い越していく。新聞でじいさんサイクリストがトンネルでひかれた記事を思い出した。
ついスピードを緩めようとすると、息子が後ろから止まるなと怒鳴る。
うるせーな、わかってんだよ。体が動かねえんだよ。
やっと登りが終わり、長い下り坂だ。こりゃ、いいな。おれは下りは好きだ。風みたいにぴゅーと走れる。いつもこうだとありがてえな。
花畑のなかイタリアンの店によった。若い奴らと行くと、あいつらの食欲に驚く。喰いっぷりがいいな。俺も若いときゃ食えたのに。
海岸線に出たら、また登りだ。
俺はもうはなっから登る気なんてねえぞ。登り坂を見たらすぐ降りて押してやる。
いいんだよ。着けば。ゴールに。
あとは温泉に入って、んめーもん喰えば極楽だ。
次くるときは、もうちっとましに走りてえもんだ。少しはまじめに走るかな。
しかし、いつになったら着くんだ?
あとどんくらい続くんだこの坂は?