何をどう書いたら、昨夜の音楽体験を記憶しておくことができるのだろうか。
仕事を終えて、電車に乗って、新代田の改札を出て、環7の横断歩道で信号待ちをする。雨の降ったアスファルト。横断歩道を渡り、目の前の白いビルの階段を降りて、受付でチケットを手に入れる。
いつもと同じ。
違うのは、今夜がtobaccojuiceの東京最後のギグであるということ。
8月のライブを最後に、彼らはバンドとしての活動を休止することを発表している。
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仕事中の車のなかで何気なく見たツイッターに、誰かがつぶやいていた。
tobaccojuiceが活動を休止
まさかという気持ちと、ついに来たのかという予感。
車を路肩に停め、iPhoneのスクリーンをふるえる指でタッチする。
つぶやきには、公式HPへのリンクがはられていた。
リーダーの大久保さんがバンド活動休止をアナウンスしていた。決定した事実のみを淡々と語り、ベースの脱退をファンに報告していた。
感情を排除したアナウンスの文章。シンプルで事務的な表現が余計、背後の大きな事情を思わせた。
4人でのライブはあと4回。東京最後のギグは8/19新代田FEVER。8月のライブをもって全活動を休止する。
8/3の突然の発表。
おれが行けるのはFEVERだけだ。
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2枚の重たい防音ドアを開けて、FEVERの音空間に溶ける。ドラム&ベースの圧倒的な音圧を皮膚で感じる。満員の客が立ち並ぶ。身体をすべりこませるようにして、少しずつ侵入していく。
ステージでは、トレモロイドが演奏していた。
バーカウンターの端から、何度か、松本くんが顔を出していた。缶ビールを持っているときもあった。客の様子を遠くを見る焦点のあわない目でじっと見ていた。
今夜は最高の客の入りだ。200は間違いなくいるだろう。男の客が多い。レコード屋の片隅に生息するヘッドホンゴーストたちが巣から這いだしてきたようだ。
立ち見の会場は、隣の人と肩がぶつかりあうほど密集していた。tobaccojuiceの開演が近づくにつれ、密度はさらにあがった。心地よかった。音楽はやっぱこうでなきゃ。
マリンバ風の楽しげな曲がかかり、タバコが出てきた。
さあ、パーティのはじまりだ。
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ギターの音が空間を彩りよく埋めていく。キャンバスにカラフルな絵の具を塗っていくようだ。
ドラムとベースが壁をびりびり震わせながら、強烈な音圧でライブハウスを鼓動させていく。満ちたり、引いたり。波のように行ったり、来たり。
フロントマンの松本くんは、あいかわらず焦点の合わない視点で、遙か遠くを見つめながら歌う。
バンドの音は強烈な一体感を持って、満員の客に放射される。
松本くんが踊る。客を煽る。
メンバーがフレーズごとに顔を見合わせて笑いあう。
リズムがぴったりはまる。
また笑う。
心の底から、音を楽しんでる。
自分たちの12年間の手触りを確かめるように、丁寧にしっかりと音を紡いでいく。
爽やかな覚悟。
こんなに素敵な音楽をつくる、あんなにカッコいい4人組が、音楽をやめるっていうんだぜ。信じられるか?
ほとんどMCはなかった。
休止の理由を話すこともなかった。
でも客のほとんどはわかっているようだ。
理由なんてどうだっていい。
音楽に集中しよう。
この魔法が解けるまでの、あと数十分。
何も考えずに、ただ音楽を楽しもう。
残された時間はあとわずか。
タバコの音楽を浴びるほど楽しもう。
踊ろうぜ
遊ぼうぜ
楽しもうぜ
アンコールの前、松本くんが少しだけしゃべる。
いつも踊らない人も今日はさ
特別なパーティだから
踊って帰ってほしいんだ
最後だからさ
いい思いでつくろうぜyeah
ここで感じたことが
明日につながるここで感じたことが
未来につながるこの瞬間が
つながってゆくよ行き先はわからない
帰り道はもうない行き先は見えない
帰ることはできないただ、ここにみんながいて
ただ、ここに音楽があってただ、この瞬間をおれたちは楽しもうぜ
12年間の彼らの音楽が、わずか1時間に凝縮された奇跡のようなギグだった。
濃密な光と音と、うねるようなグルーブ。
バンドと客の一体感。
音楽を超えた、もっともっと高いところにみんなで昇っていった。雲を超え、空を超え、星が瞬く世界だ。
音楽の神様。
どうか時間を止めてください。おれたちからこの音楽をとりあげないでください。
2回目のアンコール。
松本くんがもう少ししゃべる。
ありがとう!
そうね。
なんかね、あの、不思議なことに、はじめてのライブみたいです。なんか。すごい長いこと、みんな、おれたちのことを応援してきてくれた人たちも、最近知って遊びに来てくれた人たちも、いると思うけど、ほんと。
なんか、うん、おれたぶんひとりで、地球上にひとりしかいなかったら、歌とか歌わないから。
みんながいてくれたから、歌とか作れたし。
今こうやって、歌ってるから、なんか。
まあ、ありがとう(笑)長い人生、もしかしたら明日死ぬかもしれないけど、とりあえず、今この瞬間、まだ中継地点だと思ってるから。
こっから、どんどん、どんどん、みんな楽しんでいきましょう!yeah
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3回のアンコールに応えてくれた彼らは、最後に全員で手を挙げ、声援に応えた。
そして、とうとうおれらの前から姿を消した。
でも大丈夫。
きっと。
音楽の神様は、きっとすばらしいエンディングを準備してくれるはず。
また歌い出すのを待ってるぜ!
tobaccojuice